それから数日経ってから、慶太と珉珠が由弦の病室を訪れた。
結婚の挨拶にやって来た。
改まって慶太が、
「お前の退院を待ってからにしようと思っていたんだが、これも何かの縁だと思って、祝い事でもあるし、神様が導いてくれたのかもしないと思って、このタイミングですまないが、珉珠君と結婚することになった。その報告に来た」
珉珠の左手薬指には婚約指輪が光っていた。
—————— 結婚はホントなんだ……呼び方が青木君から珉珠君に変わってる。でももしかしたら、結婚は建前で、結婚するフリをするとか!?
意味不明な考えが浮かぶ。
その気持ちとは裏腹に、
「そうなんだ。おめでとう」
などと、平静を装って由弦は二人に言った。
「ありがとう」
慶太と珉珠が笑顔で答えた。
—————— 夢であってほしい!夢ならこの悪夢から早く目を覚ましたい!笑えない。心から祝福できない!でも彼女を諦めないといけない!はじめから、自分のものにならないって分かってたことなのに。だからって、急にこの気持ちが止められない!
抑えようとすればするほど苦しくなった。
現実に起こっていることなのに、認めたくない自分がいた。
気持ちをどこにも持って行きようがない。
気持ちも伝える前から、自分の恋は終わった。
「どうしよう、おかしくなりそうだ。早く一人になりたい」
そう思った瞬間、急に動悸が激しくなって、苦しみ出す由弦。
その時、一瞬、
車に乗っている自分の姿が頭に浮かんだ。
―――― 何これ!?
その車に、勢いよく何かがぶつかって来た。
その衝撃も経験があるような感覚。
それから場面は変って、
「秘書の~です。どうぞよろしくお願い致します」
「高柳由弦です。どうぞよろしくお願いします」
誰かと自分が挨拶している。
さらに、春の陽射しに、青々と潤ったイチョウの葉が風に揺れた中で、誰かが自分に、
「あなたが好きだから……」
と言っている。
頭の中に次々と何かが過った。
「はぁ、はぁ~」
―――― 何なんだ!?
そう思ったあと、そのまま由弦は意識を失った。



