漢江のほとりで待ってる


ある週末の昼下がり、美桜は珉珠の部屋を訪れた。

「突然すみません。お話がありまして、どうしても会って話がしたくて」と美桜。

「……!!」美桜の突然の訪問にびっくりする珉珠。

「ユヅのお兄さんに、無理くりお願いして、青木さんの住んでる所教えてもらいました」

珉珠は彼女を部屋に上げ、お茶を出しながら、

「そうでしたか。で、お話とは?」

「この間も、それとなくお話しましたが、ユヅのこと、諦めてもらえませんか?私、今彼を失ったら生きていけない!私にはもうユヅしかいないんです!こんなことお願い出来る立場じゃないんだけど、でも私……」

「……」

「彼は今、学生時代の記憶で止まってるんです!返ってこのままだと、あなたの存在に混乱するかもしれないし。青木さんとの出会いのことは何も覚えていない!彼はあなたと何があったかは知りません。どんな関係だったかも知りません!だからこのまま、何もなかったように、青木さんも彼を忘れてくれませんか?」

「ほんとに。不躾で、身勝手なお願いね?」

「え!?」

「……私達が愛し合ったことも無かったことに?何もなかったように過ごせと?」

「えっ!?そ、それは~」

「由弦の心配をしながら、本当はあなたは自分の気持ちを優先してるだけ。それすら気が付かない」

「違います!私は純粋にユヅのこと」

「可哀想な人。今度は私と由弦の二人の気持ちを踏みにじって、何を得ようというの?きっとあなたは仮に由弦を手に入れたとしても、心はずっと満たされないままだと思うわ。きっと同じことを何度も繰り返す」

「何がいいたいんですか」

「あなたは真っ直ぐな分、人の痛みに寄り添うことを忘れて、自分が満たされることだけを追及する。言われたりされたりする側の気持ちなんて分からない。実際、今私の気持ちなんて分からないでしょう?」

「……!!」

「自分が傷ついたことしか主張しない。素直で純粋で、正義感は誰よりも強いのに、だけにとても残念だわ」

「ユヅがいなくなっても、青木さんには、ユヅのお兄さんがいるじゃないですか!支えてくれる人がいるじゃないですか」」

俯いて、美桜は答えた。

珉珠は大きく溜息を吐いた。

「副社長とは、何の関係もないです。ただの上司と部下、それ以上のことなんて何もない!それに、もしも彼が記憶を取り戻して、その事実に苦しみもがいても、ちゃんと向き合って彼を支えて行けますか?二度と彼を手放さないと誓えますか?」

「はい」

「……ならどうして大切な彼を一度でも手放したの!」

この一言は美桜の胸に強く突き刺さった。

「あの頃、自分も子供で、彼の存在の大きさが分からなかった」

美桜はそれしか言えなかった。

「お願いだから、これ以上彼の心を傷つけないで。由弦は身も心も傷だらけだから」

珉珠は静かに言った。

会話は途切れ、互いに次の言葉がでない。

珉珠ははっきりと、「諦める」とは答えなかったが、また逆に、「ダメだ」とも言っていない。

美桜がどのように解釈しようと自由だった。

はっきりと答えない彼女が悪い!それが答えだった。