iPadを手にした先輩が
なぜか狸の所に来ていた。
肝心の彼女は席を外して
いるらしい。
女子社員たちが、資料を
整理する手を止めて
耳をそばだてているのが分かる。
「ちょうどよかった。
例の件、元部長に報告に
来てたんだよ。」
先輩がこちらを見て手を上げた。
一瞬きょとんとした顔をして
しまった。
「……例の件?」
「そう。“彼女”との進捗だよ。」
先輩は悪戯っぽく眉を上げ、
あえて声のトーンを落とした。
俺の肩がわずかに強張る。
「ちょ、先輩……
ここでその話は……」
──“彼女”。
俺の耳がボッと赤くなる。
女子たちが息をひそめて
固唾を飲んでいるのがわかる。
まるで見世物だ。
「隠さなくてもいいじゃないか。
みんな応援してるんだよ?」
狸がさらりと放ったその一言に、
あっという間に視線が集まる。
俺は気まずくて軽く咳払いして、
目を伏せる。
「……まあ、その……順調、です」
「!!!!!」
周囲の女子達の肩が小さく震え、
両手を握りしめ、ウンウン頷いている。
ここでもバレているのか!?
先輩はクスクス笑いながら
爆弾を落とす。
「よかった。じゃあ次は、
“正式に告白”の進捗報告を
待ってるよ♪先戻ってる。」
──場の空気が、
一気に湧き上がる。
そして俺の顔も首も
真っ赤に染まっていった。
【完】


