逃げねば。この状態で
その声を無視するのも
社会人としてどうなのか。
一瞬のうちに脳内会議が
紛糾する。
「御朱印、いただきに
来たの?」
……ッ!
なぜ分かる!?
バッグにしまった御朱印帳。
形でバレていたのか?
それとも、同じ目的だから
分かるものなのか…
「俺、神社仏閣に興味があって
スタンプラリーみたく
御朱印集めてるんだけど。
……良かったら、
一緒に行かない?」
にっこり笑う主任の隣で、
リア集団がざわめいる。
え、なに?なんで
そんなニヤニヤしてるの?
嘲笑されてるんじゃ
なかろうか!?
……と、警戒心フル稼働で
ギュッと身を固めた、その時。
「んじゃ、俺たち、
向こうの茶屋で待ってるから♪」
一人が口火を切った。
「そうそう。お前は
ゆっくり回ってきな」
もう一人が主任の肩をぽんと叩き、
わざとらしくニヤニヤ笑う。
え、ちょっと待って。
なにそれ。え?
まさか置いていく気!?
心の準備が全然できて
ないんですけど!?
「え?!お、おい!」
主任が慌てる間に、彼らは
さっさと身を翻した。
“じゃ、頑張れよ〜!”なんて
手を振りながら退場していった。
残されたのは——私と主任。
……え。
「……ごめん。あいつら
気を利かせるんだよ。
いや、利かせすぎというか……」
主任が頬をかきながら、
照れた様に笑った。
「じゃあ、行こうか。」
空気が一気に変わった。
静けさと鳥のさえずりと、
玉砂利を踏む音だけが
世界を支配している。
私は、バッグの中の御朱印帳を
ぎゅっと抱きしめた。
そして思った。
……今日こそは。


