それからは、特に何も起こらなくてバイトが終わった。


今井さんに、お礼を言いにいかなきゃ。


あたしは帰る支度をする前に、周りの店員に謝ってから、(みんな、あれは仕方ないよ、って言ってくれた)
怒られる覚悟で今井さんのところに行った。


「今井さん。

さっきはありがとうございました。

私がうまく対応できなかったせいで、本当にすみませんでした。

次、同じようなことがあったら対応できるようにします。

本当にすみませんでした。」


あたしは、さっきの今井さんみたいに、深く頭を下げた。



「ん。」





「・・・・・・・・・」




沈黙。




あれ、怒られない?


顔をゆっくりあげて今井さんを見ると、何か言いたそうにしていた。





「・・・じゃ。お疲れ」


でも今井さんの口から出てきた言葉はそれだけで。







「・・・・・えっ?」


思わず声に出てしまった。






「・・・何?」






「い、いや、てっきり、怒られるかと・・・。」



って、何言ってんだあたし、アホか。






「す、すみません。何でもないです。

お疲れ様でした!」















「ふっ」








・・・へ?






今、笑った・・・?










「佐藤さん、さっきの対応、良かったと思うけど?」






「・・・・・・・・・・」







え、え、ええええええ??




どういうこと???





この人、だ、誰?






「別に佐藤さん悪くないのに、みんなに謝ってまわってるし。

ずいぶん出来た高校生だよな」










ちょ、ちょっと!?



な、何が起こってるの?




ほんとに誰ですか、この人?




頭が、今の状況についていかない。




「・・・・・・・・・・・・・・・・」




「じゃ、お疲れ様」


そう言って今井さんは店を出ていった。






あたしはただ、呆然と今井さんの後ろ姿を見ていた。






待って、あたし今、今井さんにほめられ、た?

う、うそ、なんで?




ほんとに、今井さん、だったよね?


なんでなんでなんで???



信じられない!!




ほんとに、どうして??





  






なんかこわい、



けど、





ちょっと、ちょっとだけ、嬉しい。





それに、今井さんが、

笑った。


一瞬、だったけど。





今日のお客さんに対応したときの営業スマイルとはまた違った、自然に出てきたような、笑顔。




いつもの無愛想な感じとは違って、なんか、すごく、なんて言ったらいいかわかんないけど、優しい笑顔だった。




複雑で、嬉しさが込み上げてきて、どうしたらいいかわかんなくて
「お疲れ様でした!」

あたしは帰る支度を秒で済ませて、
走って店を出た。







それからも駅まで走って、走って、息が切れてきても、どこまでも走れるような気分で、

走りながら、

あたしの頭から、

今井さんの、ふっ、と笑ったときの笑顔が、
今井さんの、言葉が、離れない。




"さっきの対応、良かったと思うけど?"
"ずいぶん出来た高校生だよな"




今井さんの声が、頭の中でずっとこだまする。
ヤマモトさんにほめられたときも嬉しかったけど、
そのときより、断然、興奮してて、くすぐったくって、嬉しくて。
走ってないと落ち着かないくらい、
心臓のドキドキがうるさくって。



今井さんにほめられた、ほめられた!!!!!!!
あの、今井さんに!!!!!!
あたし、今井さんにほめられたんだ!!!!!!!





誰かにほめられるなんて、今までけっこう、あったのに。





嬉しくて嬉しくて、仕方がない。



いつも怒られてる今井さんに初めてほめられたから?
あんなに接客が完璧な今井さんにほめられたから? 
今日の失敗を、責められなかったから?


なんでこんなに嬉しいのかよくわからないのに、
あたしが今、すごく幸せな気分なのは確かで。









その日を境に、
今井さんは、
あたしにとって、




"怖くてなるべく関わりたくない人"

から、

"尊敬する先輩"





に、変わった。