あの日の夜から3か月が経った。



奈麗は大学入学と共に一人暮らしを始めることになった。



今は3月半ば。





奈麗は新しく借りたマンションで荷物の整理をしていた。




今までは、親の言われるまま実家から私立の中高一貫校に通っていた。





奈麗の中学高校生活において父親は無関心。母親は特に奈麗を虐げた。





いつから暴力を振るうようになったのか憶えていなかった。




奈麗にとっては、やはりとても大きなトラウマとなっている。



いつの間にか自分を肯定するよりも否定することが当たり前となっていた。



自分の存在に価値を見出せずにいた。



母親はまるで自分のストレスをぶつけるように、さんざん奈麗へ殴る蹴るの暴力を振るってきた。



アザが残ることも多くあった。




学校ではアザが見えないように、極力肌の露出を避け、学校の同級生には無理に明るく振る舞い続けた。





本当の自分を押し殺して、偽りの自分を演じ続けた。





親から虐待されている事は、自分以外の存在にはバレないようにひた隠した。





中学、高校生活という社会から浮かないように奈麗は必死だった。






奈麗は家から追い出されるたび、神社まで逃げては本殿の隅っこで泣いていた。




恵まれて幸せそうな人と関わるほど奈麗の心は無性に錆びていった。




どんどん虚しくなっていくことに気付いてしまった。




どこか遠くに逃げだしたいと、いつもそう思ってしまう。




そうすると決まって、廃神社に向かった。



神社には怖い霊もいたけどいつの間にかいなくなっていた。



いつもどんな寒い時でも、そこの神社にいればどこか暖かく感じるのだった。



神社の近くには河川が流れている。




その河川の近くには太古の昔から龍神が住んでいたらしい。



この神社の御祭神はオオヤマクイノミコト。



この神社も昔は神話の神ではなく、河川に住まう龍神が祀られていたらしい。




今となっては神社の建物こそ何とか維持されているが、龍神への信仰心や畏怖は人の心から既に廃れており、時代の移ろいとともに祀られる神は神話の神に成り代わった。




(あれ?何故私はこんなことを知っているのだろう・・・・?)




時折、願い事目的に人が御参りしていく姿が見えるだけの寂れた神社のことなんて誰も知らないのだ。




けれど、奈麗には何故かこの神社に心が惹きつけられるものがあった。





余裕を持てない暮らしを続ける奈麗にとっては、この境内が唯一の居場所であり、どこか懐かしさを感じさせるのだった。





奈麗はあの冬の夜に出逢った、和装の青年を思い出した。




正体不明の美しい青年。黒髪にパープルアイ。




ミステリアスな雰囲気がこの世の者ではないと思わせた。




人とは何か存在感が異なっており、妖艶さや荒っぽさもどこか感じていた。




奈麗は衣類を畳んでいた手を止めた。



あの夜に出会った謎の青年。



あの人が現れたら、助けを求める霊達も消えた。




たしか、あの時-----------神社に来いと言っていたが、結局まだ行っていなかった。





-----------神社・・・。





「たしか…"つくよみじんじゃ"と言っていた。」




奈麗は呟くのと同時に立ちあがり、スマートフォンを手に取りインターネットで調べてみる。





つくよみじんじゃ…




有名な場所は三重県にある月夜見神社があるようだ。




大学の入学式は4月1日から始まる。




大学が始まるまではまだ2週間程休みが残っている。




奈麗はあの青年の霊が言っていた神社へと向かおうと決心した。


彼の言っていた神社ではなかったとしても、それでもいいと思った。


あの日から随分と経ってしまったが、まだ間に合うだろうか。




早速、明日出立して2泊3日しよう。




次の日の朝、奈麗は新幹線と電車を乗り継いで三重県に到着した。




奈麗はホテルに一泊した後、朝早く起きて朝食を済ませ、月夜見神社へと向かった。




時刻は朝の7時過ぎ。




まだ授与所は閉まっており、人は誰もいなかった。





境内を軽く歩いて回ると、ふわりと風が吹いた。




あの青年の霊が立っていても何故か驚かなかった。




いる気がしていたのだ。




高校三年の冬に出逢ってから既に2ヶ月程度は経過しているが、彼の身なりも雰囲気も、まるで時が止まったように変わらぬままだった。





青年は静かに巨木を見上げていた。





奈麗は彼に恐る恐る歩み寄る。





境内は静けさが広がっていた。






「あなたは…何者なの。」





風が再びふわりとなびく。




木々が優しく囁いていた。






青年はチラリと声のするほうを見つめた。





「来たのだね、奈麗。嬉しいよ。」






質問には答えず、優しく微笑んだ。