時刻は22時



少女は、月が照らす雲一つ無い空を見上げていた。



都会と異なり、田舎であるこの酒匂川町では、夜になれば月と星々も煌びやかに光り輝く姿が見える。



少女は制服姿でコートを羽織っており、その表情はどこか大人びた印象を与えた。



そして、境内にひとつだけあるベンチにたった一人で座っていた。




悲しげに空を見上げる。




それは光り輝く星とは対照的だった。





溜息と同時に白い吐息が漏れた。




少女の名前は奈麗(なうら)。




今は12月終わり頃。



冬休みを迎えており、高校三年生だ。




彼女の表情を曇らせるのは決っして受験シーズンだからなわけではない。





奈麗はすでにK大学へと推薦入学も決まっており、ほかの受験メンバーの生徒達に比べれば気持ちにも余裕があった。



正面を向くと錆び付いた社殿があるだけだ。



あたりは真っ暗で街灯もない。



ふと幼い頃の記憶を辿る。



(思えば私のこれまでの人生は、全てがこの夜の闇のように暗く、果てのない迷路の中を生きていた。





両親から愛されない自分





学校も、どこにいても必要とされない自分)





照らす月と照らす星々を見る事だけが、奈麗にとっての唯一の癒しであり救いだった。




(私の人生には星も月もないけれど…いつか現れるのだろうか。




この闇のような私の人生を照らす月のような存在が。)




そう考えたものの、あるわけないだろうと自嘲する。




幼い頃から奈麗は人には見えぬモノが見える。





そして、見えるが故に見えぬモノ達に狙われてきた。





奈麗が霊と話していると、霊の見えない親は大層気味悪がった。





見えぬ存在達のほとんどは見える奈麗に必死に助けを求めて縋ってくる。





けれど、その者達の救い方など奈麗には分からなかった。




分かるはずもなかった。




救われたいのは奈麗自身であり、船で溺れてる者が同じように溺れている者を救う事など出来るはずもないからだ。



どこからともなく声が聞こえてきた。



「助けて」



「助けてくれ…」




すがるような声が近づいてくる。





闇が蠢めいている。



血塗れの男の人がこちらに向かってくる。




明らかに生きた人間とは異なる性質を持っておりこの世の者ではなかった。



奈麗は耳を両手で塞いだ。




目も固く瞑る。



見たくない。



聞こえたくない。



その思いは今も昔も変わらずに抱いている感情であり、変わらない想いだった。




(誰か助けて……)




すると突如、頭をポンポンと触れる感覚がして、奈麗は思わず身を引いた。




目の前には美しい青年がいた。
優しい眼差しでほほ笑んでいる。



先程助けを求めてきた男はいなかった。



奈麗よりも遥かに黒く短い髪がなびいており、瞳は紫色。白い小袖と緑の単衣に紫色の狩衣姿だった。



浮世離れした美しさに思わず見とれてしまった。




奈麗の肩まで伸びた漆黒の髪が風でふわりと揺れた。





身を引いた奈麗に青年は悲しげに微笑んで、自身の手を引くと境内を軽く見回した。




「ここの社はすでに信仰も廃れたただの古い建造物でしかない。



人々の邪な願いという念だけが渦巻いており、神主もおらず、神霊も降りることが叶わぬ場所だ。



ここではない、------神社においで。奈麗。」





「え…?」





するとその眉目秀麗な青年は奈麗に再び微笑むと、スタスタと立ち去ってしまうのだった。






ふと気がつけば、救いを求めていた霊達の声も消えていた。




辺りを見回しても何も感じない。




ただの優しい風がふわりと吹き、寒さの厳しい夜にもかかわらず澄んだあたたかい空気が広がっているのを感じられた。





奈麗はなんとなく、また空を見上げる。






シリウスの星座を見つけた。





一番光り輝くあの星を…。