「神の子は生け贄を食べなければ鬼になる。」

「………そんな。
 そんなこと……ないですよね?」

 すがるように訴えかける声にも宗一郎は微笑みを返すだけだった。

「大丈夫。僕がいなくても大丈夫なように準備はしてある。
 帰ってから僕の部屋の引き出しを開けて。
 そしたら……。」

「開けません!
 嫌です。そんなの……。」

 涙がこぼれて頬を伝った。
 それを見ても宗一郎は微笑んでいる。

 鬼だなんて信じたくない。
 それもただの言い伝えで迷信だって……。

「桃ちゃんなら大丈夫。
 僕を助ける為なら出来るよ。」

 首を振って力強く否定する。

「それだけは嫌です。」

 今から開けようとしているのはパンドラの箱なのか……。

 そもそもこの鍵で開くのかはまだ分からない。

 もし、開くのならば……。
 何の為に樋口の人間が鍵を持つのか。
 その意味は……。

 生け贄を食べ、その後に残った鍵を神の子に見つけさせる為?
 それとも…………。

 恐ろしい想像や、都合のいい想像が浮かぶ中で心に決めた言葉を口にした。

「もしも……この引き出しの中に希望が入っていなかったとして。
 いいえ。例えどんなことが起ころうと宗一郎さんと居ます。」

 しばらくの沈黙の後に「分かった」と宗一郎は小さく頷いた。

「でもそのナイフは持っていて。」

「でも……。」

 穏やかで優しい微笑みはどこか悲しくてけれどもやはり美しかった。

「桃ちゃんがいつか僕になら食べられてもいいと言ったみたいに僕も桃ちゃんになら殺されて構わない。」

 そんなことさせない。
 そう強く決意して前を向いた。

 鍵を握りしめ、鍵を差し込む為に引き出しの前へと歩み寄った。