桃香は今年で20歳の誕生日を迎える。
誕生日はすぐそこまで迫っていた。
嬉しい気持ちは皆無に等しい。
「あの忌々しい辻本家さえ居なければ…。」
常日頃から発せられる辻本家への恨みつらみ。
「ここまで大きくなって……。うぅ。」
母は泣き、父は辻本家への憤慨する気持ちを隠そうともしない。
だから桃香は努めて明るく話す。
「本当は16歳で本儀式が行われるはずが、20歳まで延ばしてくれたんだもの。
相手の方は慈悲深い人だよ。きっと。」
そのお陰で高校卒業と同時に社会人になれた。
出来なかったかもしれないたくさんの経験が出来たのだから感謝しなくては。
本当は大学も行ってみたかったけど……。
両親に心配や気苦労をかけたくなかった。
「桃香は本当に………。うぅ。」
「大丈夫。ずっと昔から覚悟は出来てるよ。
じゃ明日も仕事早いからもう部屋に行くね。」
もうすぐ桃香の誕生日。
近づくにつれ、お葬式のような雰囲気が重苦しく家を支配する。
「実際、お葬式かぁ。」
自虐的に呟いて部屋に入ると妹の絢美がいた。
「桃香はまた無理して笑ってる。」
年の離れた小学1年生の絢美はちょっとマセたお子様で、普段から姉の桃香もタジタジだ。
「無理してないよ。」
絢美は擦り切れるほど読み込まれた絵本を手にしていた。
表紙には美しい少年が描かれている。
「読んでたの?
神の子オッドアイ。」
昔話の絵本は空想する分には夢がいっぱいあるお話だった。
それは樋口家と辻本家とで言い伝えられている古いお話。
「うん。今日も読んで。」
絵本の中にも出てくる『生け贄にされる少女』その本人に読ませるのだから小学1年生……なかなかの非道っぷりだ。
「神の子オッドアイ。
少年は左目に淡いブルー。
右目は薄いブラウンを持っていました。」
オッドアイとは虹彩異色症とも呼ばれ、左右の目の色が違うこと。
日本人には珍しく千人に1人の確率。
その1人もたいていは左右の瞳の濃淡が違う程度。
完全に左右が別の色のオッドアイはかなり珍しいだろう。
辻本家と桃香の家である樋口家には稀に完全なるオッドアイが生まれる。
どちらの家に生まれるのか、いつ生まれるかは定かではない。
そして………。
「神の子オッドアイは体が弱く栄養が必要でした。
その為に片方の家から生け贄を捧げることにしました。」
ある時は辻本家に生まれ、またある時は樋口家。
神の子が生まれた家ではない家から生け贄を捧げるしきたり。
両家の亀裂はそれが原因なのは多分にあるようだった。
「絵本で生け贄なんてすごい世界観よね。
普通なら教育委員会か何かから苦情が来てもおかしくないわ。」
またしても小学1年生の絢美が子どもらしからぬ意見を述べた。
「絢ちゃんはすごいなぁ。
その歳でなんでも知ってて。」
「桃香がおかしいんだよ。
脳みそをお母さんのお腹の中に置いて来ちゃったんじゃない?」
本当にそうかも……。
その置いて来た分だけ絢ちゃんが賢いっていう……。
「ねぇ。絢ちゃん。
私が生け贄になれば絢ちゃんは大丈夫だよね?」
絵本の中では生け贄を与えられた神の子は元気になり、人々に平和をもたらす。
そこは絵本らしいざっくりとした終わり方なのだ。
「そりゃそうじゃない?
何人も生け贄にされちゃ堪んないわ。」
「そうだよね。良かった。」
おもむろに絵本をわきに置いた絢美が俯き加減で桃香の服をつかんだ。
そして今にも泣きそうな声で呟く。
「桃ちゃん。……ごめんね。」
絢美の言葉に頬を緩めた。
「何、言ってるの。
私はお姉ちゃんなんだし。
絢ちゃんが私のこと『桃ちゃん』なんて赤ちゃんの頃みたい。
らしくないよ。」
「………うん。
桃香は甘ったれだね。
相手の人が慈悲深いってのは無いと思うよ。」
辛辣な一言にハハハッと笑った。
「そりゃそうだよね。
人喰い人種なんだから。」
「でしょ?……じゃおやすみ。」
「ん。おやすみ。」
同情も謝罪も激励も、ましてやお礼もいらない。
神の子オッドアイに食べられる。
これは古くから伝わるしきたり。
逃れられない宿命。
誕生日はすぐそこまで迫っていた。
嬉しい気持ちは皆無に等しい。
「あの忌々しい辻本家さえ居なければ…。」
常日頃から発せられる辻本家への恨みつらみ。
「ここまで大きくなって……。うぅ。」
母は泣き、父は辻本家への憤慨する気持ちを隠そうともしない。
だから桃香は努めて明るく話す。
「本当は16歳で本儀式が行われるはずが、20歳まで延ばしてくれたんだもの。
相手の方は慈悲深い人だよ。きっと。」
そのお陰で高校卒業と同時に社会人になれた。
出来なかったかもしれないたくさんの経験が出来たのだから感謝しなくては。
本当は大学も行ってみたかったけど……。
両親に心配や気苦労をかけたくなかった。
「桃香は本当に………。うぅ。」
「大丈夫。ずっと昔から覚悟は出来てるよ。
じゃ明日も仕事早いからもう部屋に行くね。」
もうすぐ桃香の誕生日。
近づくにつれ、お葬式のような雰囲気が重苦しく家を支配する。
「実際、お葬式かぁ。」
自虐的に呟いて部屋に入ると妹の絢美がいた。
「桃香はまた無理して笑ってる。」
年の離れた小学1年生の絢美はちょっとマセたお子様で、普段から姉の桃香もタジタジだ。
「無理してないよ。」
絢美は擦り切れるほど読み込まれた絵本を手にしていた。
表紙には美しい少年が描かれている。
「読んでたの?
神の子オッドアイ。」
昔話の絵本は空想する分には夢がいっぱいあるお話だった。
それは樋口家と辻本家とで言い伝えられている古いお話。
「うん。今日も読んで。」
絵本の中にも出てくる『生け贄にされる少女』その本人に読ませるのだから小学1年生……なかなかの非道っぷりだ。
「神の子オッドアイ。
少年は左目に淡いブルー。
右目は薄いブラウンを持っていました。」
オッドアイとは虹彩異色症とも呼ばれ、左右の目の色が違うこと。
日本人には珍しく千人に1人の確率。
その1人もたいていは左右の瞳の濃淡が違う程度。
完全に左右が別の色のオッドアイはかなり珍しいだろう。
辻本家と桃香の家である樋口家には稀に完全なるオッドアイが生まれる。
どちらの家に生まれるのか、いつ生まれるかは定かではない。
そして………。
「神の子オッドアイは体が弱く栄養が必要でした。
その為に片方の家から生け贄を捧げることにしました。」
ある時は辻本家に生まれ、またある時は樋口家。
神の子が生まれた家ではない家から生け贄を捧げるしきたり。
両家の亀裂はそれが原因なのは多分にあるようだった。
「絵本で生け贄なんてすごい世界観よね。
普通なら教育委員会か何かから苦情が来てもおかしくないわ。」
またしても小学1年生の絢美が子どもらしからぬ意見を述べた。
「絢ちゃんはすごいなぁ。
その歳でなんでも知ってて。」
「桃香がおかしいんだよ。
脳みそをお母さんのお腹の中に置いて来ちゃったんじゃない?」
本当にそうかも……。
その置いて来た分だけ絢ちゃんが賢いっていう……。
「ねぇ。絢ちゃん。
私が生け贄になれば絢ちゃんは大丈夫だよね?」
絵本の中では生け贄を与えられた神の子は元気になり、人々に平和をもたらす。
そこは絵本らしいざっくりとした終わり方なのだ。
「そりゃそうじゃない?
何人も生け贄にされちゃ堪んないわ。」
「そうだよね。良かった。」
おもむろに絵本をわきに置いた絢美が俯き加減で桃香の服をつかんだ。
そして今にも泣きそうな声で呟く。
「桃ちゃん。……ごめんね。」
絢美の言葉に頬を緩めた。
「何、言ってるの。
私はお姉ちゃんなんだし。
絢ちゃんが私のこと『桃ちゃん』なんて赤ちゃんの頃みたい。
らしくないよ。」
「………うん。
桃香は甘ったれだね。
相手の人が慈悲深いってのは無いと思うよ。」
辛辣な一言にハハハッと笑った。
「そりゃそうだよね。
人喰い人種なんだから。」
「でしょ?……じゃおやすみ。」
「ん。おやすみ。」
同情も謝罪も激励も、ましてやお礼もいらない。
神の子オッドアイに食べられる。
これは古くから伝わるしきたり。
逃れられない宿命。