二階堂の口から発せられたのは、とても信じがたい言葉だった。

 だって、あの二階堂が……仕事ができてイケメンで面倒見が良くて情に厚い社内で一、二を争う人気者である二階堂が、バレンタインにわたしが欲しいと言う。

 どっきりかと思って辺りを見回してみたけれど、オフィスに人の気配はなかった。二階堂も真っ直ぐにわたしの目を見つめているから、今の言葉に嘘偽りはないはずだ。そもそもこういう冗談を言ってからかうような人ではない。


 仕事外での口は悪いほうで、食べ物の好き嫌いも多かったりする。
 でもそういうところも含めて、好きになった。

 いや、でも二階堂の気持ちとわたしの気持ちは、必ずしも一致しているとは限らない。「欲しい」レベルが、想像以上に低いかもしれない。


「その、欲しいっていうのは……どのレベルの欲しい、なのかな?」

「あ?」

「例えば仕事終わりに飲みに行くくらいの時間が欲しい、なのか。休日に遊びに行くくらいの時間なのか。それとも……」

 この先の言葉を口にするのはなんだか恥ずかしくて、思わず口ごもる。

 そんなわたしを見て二階堂はふっと笑って「全部欲しい」と。びっくりするくらいすんなりと言ったのだった。

 瞬間、かああっと頬が熱くなり、胸が詰まって息苦しくなった。のは、呼吸するのを忘れていたからだと、数秒経ってから気がついた。

 二階堂もそれに気付いて「今日の鈴村はほんとアホの子だな」と笑ったけれど。


「だ、だって二階堂が……全部欲しいって……」

「だってなんでもリクエストしていいんだろ? なら俺は、鈴村が欲しい」

 急にこんなことを言われたのだから、アホの子にもなる。


「二階堂って……わたしのこと好きだったの……?」

「そりゃあ、先輩にチョコ渡したって知って、むかつくくらいには好きだよ」

「……いつから?」

「入社した頃かな」

「こんなアホの子の、どこがいいの?」

「どこもだよ。真面目なところも、気遣い屋なところも、たまにアホの子になるところも」

「社内に可愛い子はたくさんいるし、たくさん告白されてるし、たくさんチョコもらうのに?」

「でも全員、おまえじゃないだろ」

「まあ、そうだけど……」