「ユイコに会わせた方がエディの仕事がはかどるからですよ」
ニコラスはにこりとして「ようこそ、ローマへ。ユイコの希望する場所までどこへでもお送りいたします」と胸の前に片手を当てて執事のような挨拶をした。

王子に執事か。
周囲の視線が集まっているのを感じる。
そりゃそうだろう。
イタリア屈指の御曹司。芸能人並の有名人だし。

エディーとニコラスが私の隣に立つ小林主任と挨拶を交わしていると、わが社のフランス支社の駐在員が慌てた様子で走ってこちらにやって来るのが見えた。

「あ、私たちのお迎えが来たわ。せっかくのご厚意だけど、私たちには会社のお迎えがいるから大丈夫なの。残念だけど、ここで失礼するわね、エディー、ニコラス」

満面の笑みでお別れしようと思ったのだけど、天は私の味方をしてはくれなかった。

フランス支社の駐在員はゼイゼイと息を切らしてこちらに駆け寄るとあいさつもそこそこに小林主任に何かを耳打ちした。
小林主任が眉間に皺をよせ難しそうな顔になったことに嫌な感じがする。

「佐本さん、例の副社長の案件がちょっとトラブってるみたいだから、僕が今から急いでそっちの対応にあたるね。アンドレテ社の方は任せてもいいかな。頼んでた現地スタッフの彼もこの件の対応に当たってもらうことになりそうだ」
小林主任の表情から察するに結構不味いことが起こったのかもしれない。
要するに私一人でここの対応をしろ、と。

「はい、私の方もできる限りのことをしておきます」
「場合によっては2、3日ベネチアから戻れないかもしれない。その場合はこちらの案件の多くを佐本さんに頼まないといけないが」
「最善を尽くします」
思いがけない事態に背筋が伸びる。
これはかなり気合が必要だけど、小林主任と一緒にいなくて済むことに少しホッとしてしまう。

「連絡はまめに入れてくれ。じゃあこっちは頼んだよ」

そして、主任はエディーとニコラスに謝罪すると「ユイコのことは任せてくれていいよ」と言うエディーの返事に苦笑しながら慌ただしく駐在員と共に空港を出て行った。

何があったのかはあとで教えてもらおう。
あの様子だと今後の予定にもかなり影響がありそうだ。
主任の担当分の幾つかを私が引き受けることになる可能性も考えてスケジュール調整をしなくては。