オフィスの入ってるテナントビルの駐車場に着くと、紫苑は「先に行け」と私に言った。


「ありがと」


小さい声でお礼を言うと、後部座席のシートから滑り降りる。
お尻を滑らせると昨日のことを思い出して、少し怖さを感じたが。


(大丈夫。此処にあの人はいないから)


自分にしっかり言い聞かせて外へ出た。

排気ガスの臭いが充満してる駐車場の脇にあるエレベーターに乗り込むまで、紫苑はずっと同じ場所に停まって私のことを見守ってた。


ドアが閉まるのを見届けてから自分の駐車スペースに移動したんだろう。
私が社長室で仕事の準備をしてると入ってきて、ドキッとしながらもその姿を目に入れた。



「社長」


デスクに着く紫苑を肩書きで呼び、部屋の中央へ近寄る。
紫苑はちらっとこっちを見ると「何だ」と囁き、私は彼に一礼をしてから前に進んだ。


「これ、受け取って下さい」


一枚の縦長封筒を差し出すと紫苑の目は大きく開かれた。白い封筒の表に書いた『退職願』の文字を確認したらしい。


「一身上の都合で申し訳ないんですけど、今日付けで退職させて下さい」