「一ノ瀬さん」


愛しくてたまらないその声に座り込んでた床から顔をあげた。


「――榛名くん」


そこにはやっぱり榛名くんがいて、何と言って詫びたらいいのか、と考えていたところに。


「それ、返してくれるかな?」


いつもとどこか違う声のトーンに驚いた。


「え?」


「その本いい加減返してくれない?」


「…榛名くん?」


「それで今後一切、俺に関わらないでくれるかな?」


一瞬何を言われているのか理解出来なかった。


「……どうしてそんなこと、言うの?」


辛うじて声を出せたのはその言葉を否定して欲しかったから。


だけど、そんなあたしに否定の言葉は返っては来なかった。


「もう迷惑なんだ。一ノ瀬さんに付き纏われるの」


…あ、迷惑だったんだ。


「放課後に一緒に喋るのも面倒」


……。


「本当はこの本返してもらうまで我慢するつもりだったんだけど、もう無理だよ」


「お前なぁ!」


「やめて、陽ちゃん」


「でも、」


「……そっか、そうだよね。迷惑だったんだね。ゴメンね、気付かなくて……えへへ、本当にゴメン」


笑って誤魔化さないと泣き崩れてしまいそうだった。


だからまるで言い逃げするかのような教室を抜け出した。