いつか淡い恋の先をキミと

「くるみ、入るぞ」


いきなりそんな声が聞こえてきたかと思えば、


「陽平くん⁉︎」


そこには私服姿の陽平くんが扉のすぐそばに立っていた。


「どうしたの?」


「どうしたのはこっちのセリフだっての。10分前くらいに翠さんからくるみがまだ帰ってないって電話が来たから捜しに行こうとしたところで帰ってきたっつー連絡が入ったんだよ」


「それでわざわざ来てくれたの?」


「当たり前だろ」


「そっか。ありがとう」


「ちゃんと一人で帰って来れたのか」


「え? あ、うん…そんなの大丈夫だよ」


「くるみは昔から方向音痴だからな」


「……そうなんだ……」


「まぁそういうところも可愛くて仕方ねぇんだげどな」


「そんなこと言ってくれるの陽平くんだけだよ」


「んなことねぇよ。じゃあまぁくるみが無事に帰って来たのが分かったから俺帰るわ」


「うん、ありがとう。じゃあね」


「あぁ、また明日な」


扉を静かに閉め、陽平くんが階段を下りていく音が聞こえた。


その音に安心する私は最低だ――だって、今の私を支配する気持ちに名残惜しさなんて微塵もないんだから。


陽平くんと榛名くんで感じる気持ちの差が何なのか全く分からない。


だけど分かりたいとも思わない。


それを分かってしまったら、私たちの何かが一気に壊れる、そんな気がした。


そしてそんな勘は外れないことを、記憶を失くした私が知る術があるはずがなかった。