「味はすごくおいしいんだから、いいじゃない」

結局ガトーショコラはおにぎりと同じようにラップでぐるぐる巻きにして、里葎子さんと私のデザートになった。
里葎子さんがうれしい感想をくれるけれど、それは私の気持ちを少しも上昇させなかった。

「おいしいガトーショコラなんて、そのへんに掃いて捨てるほどあるじゃないですか」

寂しさと睡眠不足でもたれる胃に甘いケーキは重く、私は里葎子さんから目を逸らして黒い塊を弄んでいる。

「気持ちの問題でしょう? そこを汲んでくれない男だったら今夜にでも別れたらいいのよ」

「そんな人じゃないですよ」

晴太は失敗したからって悪く言うことなんてない。絶対ない。
だから反応が怖いわけではないのだ。
私の想いを込めたものが汚い塊に成り下がったことが、ただひたすらに悲しい。
それに……そもそも会う約束をしていないし、渡すべきチョコレートの用意もない。

「これは見ものね」

里葎子さんは、真顔でそう言った。

「見ものって……」

「ヤツの反応いかんによっては、『クズ』の烙印を押させてもらう」

なぜかすでに晴太を色眼鏡で見ている里葎子さんは、不敵に微笑んで最後のひとかけを飲み下した。

伊東さんが「娘が本命チョコ作ってた……」と一日落ち込んでいたり、女子社員共同で500円の義理チョコを配ったりしながら、バレンタインの一日は暮れていった。
きっと晴太だってチョコレートをもらっているはずで、それも気になっていたけれど、相変わらず連絡がない。
あんな意味不明に怒って連絡を絶つ私に怒っているだろうか。
呆れているだろうか。
それとも、もう忘れちゃった?

あの日投げつけた煎り大豆は、掃除をしたにも関わらず、その後もふいに現れる。
まるで私を責めるように、踏みつけた足の裏が痛い。
砕けた煎り大豆を捨ててから、買い直した材料を取り出し、ガトーショコラにとりかかった。