「マフラー、洗って返しますね」

アパート前の暗い駐車場で、違和感なくつけていたそれを、ぎゅっと握って言った。

「洗濯なんていらないですよ」

と小川さんは手を差し出す。
けれど、一瞬考えて、出した手を引っ込めた。

「やっぱり、お願いしようかな」

「はい。ポストには入らなそうなので、終わったら連絡しますね」

「タッパーも返しますから」

会話が終わりそうになり、急いで話題を探す。

「うどん、ごちそうさまでした。おいしかったです」

「こちらこそ。おいしいコーヒーを社割で飲めるなんて得しました」

結局、ショッピングモールでうどんを食べ、細貝珈琲館のカフェにも寄って帰って来た。
時刻は9時をまわり、関係性を考えても明日の仕事を考えても、『デート』はもう終わり。

山からの帰り道、来たときと同じ道にも関わらず、きらめくようだった葉が、枝が、くすんで見えた。
それは夕暮れが近づいたせいばかりではない。
終わっちゃった。
楽しみで楽しみで指折り数えた時間は、ほんの一瞬で終わってしまった。
目の前に広がる景色も、来週には様変わりし、すぐに色を失ってしまうと思うと、今日という日がとても貴重だったのだと思える。
すべてを覚えておくつもりで一生懸命堪能したはずなのに、もっと大事にできなかったのかと後悔する気持ちばかりが湧いてきた。

「どこか行きたいところはありませんか?」

黙りこむ私に小川さんも話し掛けてはこなかったけれど、市街が近づいたところでそう言った。

「え?」

「だいぶ歩いたから疲れてますか? もう帰りたいなら送っていきますけど、行きたいところがあれば。ついでなので」

普段こんなに歩くこともないほど今日は歩いた。
やわらかい土に守られ、歩けてしまったけれど、座ってみるとじんじんと疲労感はある。

「じゃあ、ショッピングモールに行ってもいいですか? 土日は駐車場が混むからなかなか行けなくて」

身体の疲労を考えるともう歩きたくはないのだけど、この時間を延長できるならなんでもよかった。
私も小川さんも何か買うこともせずに一通り回ったあと、フードコートでうどんを食べることにして、

「お昼をごちそうになったので。これくらいはいいでしょう?」

と小川さんがふたり分払ってくれたのだった。