時折かさり、かさり、と音はするものの、落ちた葉の多くはやわらかな土と混じり、足音を消す。
きん、と冷えた空気は身体には厳しいけれど、赤の激しさも、黄色のかがやきも、土の深みも、すべてを際立てているかのよう。

水音が届くのと、風が一際冷たく湿り気を帯びるのはほとんど同時だった。

「ここが観光ポイントのひとつだそうです」

さほど長くもない橋の上では、たくさんの人が足を止め、橋の下を覗き込んだり、写真を撮っている。

「わあ! きれーい!」

和歌に詠まれる世界のように、清流を色とりどりの葉が流れていく。
川からおこる風に、真っ赤に染まるカエデの枝も揺れていた。
ちょっと勢いが激しく、ごうごうという流れの速さが情緒に欠けるような気もするけれど、水音によって空も山々も透明度を上げている。
口を開けて見とれる私の腕が、何かに引っ張られた。

「あんまり身を乗り出して、落ちないでくださいよ」

笑いながらも、私のコートの袖をしっかり握っている。

「落ちませんよ」

「見ている俺が怖いんです」

「高所恐怖症ですか?」

「そういう意味じゃありません」

やんわりした言い方の中に、真剣味がこもっていたので、素直に身体を引いて遠くの山々に目を移した。

「やっとまともに見られましたね」

欄干にもたれて同じように景色を眺める小川さんが、感慨深げに言った。

「ミナツさんとは、いつもちゃんと見られなかったから」

桜も花火も、私はちゃんと見たけれど、小川さんと一緒ではなかった。
月に関しては見られていない。

「じゃあ、小川さんはもう満足ですか?」

望んでいなかったゴールにたどり着いてしまったようで、取り繕った笑顔の中にもさみしさが滲む。
こんなに見事な紅葉を、私は見たことがない。
それを好きな人と見られたのだから、生涯忘れないと思うけど、これがゴールになるというのなら見たくなんてなかった。

「……満足?」

小川さんはちょっと考えるように視線を落とし、川の流れを見る。

「俺はいつだって満足ですよ」

適当な相槌も打てず黙ってその横顔を見ていたら、瞳を楽しげに揺らして小川さんが私を見た。

「ミナツさんは満足できましたか?」

圧倒的なかがやきで、山々は私に答えを迫る。
だけど、

「満足、しないといけないのかな」

今はとても満ち足りた気持ちだけど、別れるときにはもうゼロになる。
どれだけの時間と季節を重ねても「満足」が続くことはない気がする。
一緒にいる今でさえ、なぜか会いたくてたまらないのだ。