普段ガラガラらしい大きな駐車場は、人と車でいっぱいだった。
奥の方に残っていた数台分の空きに、小川さんはスムーズに車を停める。
「少しだけ歩いてみましょうか」
「はい」
もちろんそのつもりで、足元はスニーカー、防寒にコートを着て手袋も持ってきている。
「うわーーーっ! 寒いーっ!」
思わず叫んだ声は、真っ白な色をして黄金色の山に消えていった。
途中のコンビニで降りたときより数段気温が低い。
穏やかな陽気の空とは違い、山間を抜ける風は強く、予想以上に体温を奪われる。
冷めたくなったデニムで足が冷えるほど。
真冬の仕様にしてこなかったことを激しく悔いた。
身を固くしてよちよちと進む私を、ちょっと待ってくださいと小川さんが呼び止める。
車の中をごそごそと探して、
「用意が足りなくてこんなものしかないけど、使いますか?」
とマフラーと大判のバスタオルを持ってきてくれた。
「このマフラー、仕事用にしてて、もうボロボロだけど。でも、この前洗濯してからはまだ使ってないし、ちゃんと柔軟剤も……」
「お借りします」
ダークグレーのマフラーに手を伸ばした。
「小川さんが大丈夫なら」
本当は、小川さん自身に使って欲しかった。
こんなに寒いのだから、防寒はどんなにしてもいいと思う。
だけど、もし遠慮して、小川さんのマフラーを嫌がったなんて思われたくない。
「俺はこのくらい平気ですよ」
マフラーは、いつかのタオルとよく似た匂いがした。
抱きしめられたら、きっと同じ匂いがする。
「こんな寒い中、配達してるんですね」
台風の日同様、雪の日でも郵便は届く。
そのことに感謝したことなんてなく、ポストに取りに行くことすら億劫だった自分が情けない。
「何年やっても寒さや暑さは慣れないです」
「専用の防寒着ってあったかいんですか?」
「かなり機能的にはできてますよ。あったかいし、軽い方だと思います。それでも寒いですよね。素手だし」
「素手!?」
「指先の空いた手袋をしてみたこともあるんですけど、どうしても滑って作業が遅くなるんです。誤配も増えるのでやめました」
「雪の日でも?」
「はい。一応バイクのグリップにヒーターはついてるんですけど、本当に気休めです。配達が終わる頃にはエンジンも切れなくなって、両手でようやく切ることもあります」
「そんなに過酷なんですね」
「辛いと言えば辛いけど、でもストレスは少ない方じゃないかな。家まで持ち帰って悩む仕事じゃないし、基本的にひとりだから人間関係も煩わしくないし。俺は好きですよ、この仕事」



