缶チューハイを飲むついでに見上げる頭上には、散り始めの桜と、ライトアップ……というにはおこがましい電球がだらしなく揺れている。
オードブルにももれなく桜が降り注いでいるので、花びらを箸で摘まんで避けてから、私もミートボールを一口で放り込んだ。
「観桜会」と言っても、頭上の花を愛でている人なんておらず、仕事の話をする者、子どもたちと駆け回る者、恋愛やゲームの話で盛り上がる者、それぞれ忙しい。

「今年はあったかくてよかったですね」

桜の見頃より何より、天気と気温が大事。
昼間の天気に比べると薄曇りで、三日月より太めの月は寝返りをうつ程度にしか顔を出さない。
それでも寒くて涙目になった去年に比べて、今年は花もお酒も楽しむ余裕がある。

「美夏ちゃん、去年は『もう来ない!』って、そればっかり言ってたもんね」

「食べる気力も飲む余裕もあるし、咲月ちゃんの成長も見られたし、今年のお花見は人生最高です」

「そんな大袈裟な」

笑い飛ばす里葎子さんに、私は夜桜を見れば思い出すどんよりとした思い出を語って聞かせた。

「小さい頃は毎年父が友達と集まって花見してて、それに連れて行かれたんですけどね、酒癖の悪いおじさんには絡まれるし、親の見てないところでお菓子をカツアゲされるし、いいことなしでした。夜桜と聞いてイメージする言葉は『忍耐』です」

咲月ちゃんにビスケットを渡しながら、里葎子さんは苦笑いする。
私が入社する前年には、予報外の雨に降られたと聞くから、一概には否定してこない。

「じゃあ夜じゃなくて、昼間の桜でイメージする言葉は?」

圧倒的な華やかさに加え、散り際の儚さ、潔さを併せ持つ桜だ。
そうそうマイナスイメージは持たないだろうと、ロマンチックを期待する空気は感じていた。
が、思い付いたのはもっと即物的な答えだった。

「うーん? ……『美味』ですね」

「『ビミ』?」

『忍耐』という言葉を聞いたとき以上に、里葎子さんは眉をひそめる。

「花の根元のところだったかな?そこを開いて舐めると甘いんですよ。小学生のとき同級生の女の子が教えてくれたんです」

あのころよく遊んだかなちゃんと、柵に登って校庭の端にあった桜から、一心に花をむしって舐めた。
ほんのり甘い蜜は、お腹が満たされるわけでもなかったけれど、植物の青臭さと花の香りが特別なごちそうのように感じて忘れられない。

「おいしかったなー」

「『花よりだんご』の上を行く所業ね……」