車内に充満したいろんな食べ物の匂いを、小川さんは味わうように吸い込んだ。
「この匂い、懐かしい」
「そうですか?」
「手作り弁当なんて縁ないですから。自分では作れないし」
彼女は? っていう言葉は思うだけで口にしなかった。
「期待はしないでくださいね! ハードルは目をつぶっても越えられるくらいに低くして!」
小川さんはからからと笑ってから、よかったらどうぞとドリンクホルダーを示す。
「あ、すみません。気を使っていただいて」
「ミナツさん」
小川さんの声が少し咎めるように変わった。
「俺がしたくてしていることに、謝る必要はないんですよ。謝られると悪いことをしている気分になります」
「すみません、じゃなくて、……ありがとうございます」
ペットボトルのミルクティーは、まだ十分にあたたかかった。
「いただきます」
ミルクティーの甘さと一緒に、私の顔に笑顔が広がる。
「おいしい」
「よかった」
うれしそうな小川さんに、私もうれしくなる。
明るい日の差し込む車内が一段とまぶしく感じる。
「天気も晴れてよかったですね」
夏のぎらつきはすっかり抜け落ち、小川さんによく似合うやさしい晴天。
「でも山は冷えるから、寒かったら遠慮なく言ってください」



