いつもならすぐごみ箱行きのDMは、とても捨てる気持ちにはなれず、冷蔵庫の、前にもらったメモの隣にマグネットで貼り付けた。
触れると、わずかに湿気を帯びた紙は冷たい。

氾濫危険水位まで増水した川も結局溢れることはなく、夕方には雨も小降りになっていた。
停電も断水もなく、浸水被害も報告されていない。
この台風で命を落とした人も怪我をした人も、ニュースを見る限りではいないようだった。

小川さんに教えるようなことは何もないけれど、今夜は電話しようと決めていた。
ずっと握り締めていた携帯がぬるくなった夜7時。

『もしもし』

元気な声がして、ようやくゆっくり呼吸ができるようになった。

「お疲れ様です。中道です」

『何かありましたか?』

珍しく挨拶もせずに小川さんが聞く。

「あ、いえ、私は何ともないです。小川さんが、大丈夫だったのかなって」

『俺は大丈夫ですよ。ちょっと身体は冷えましたけど、お風呂も入りましたし、達成感はあります。タオル、ありがとうございました。洗って返します』

「あんな天気じゃ意味ないのに、荷物になってしまいましたよね」

『そんなことないです。うれしかったので』

目を閉じて、電話の向こうの気配を胸いっぱいに感じた。
もう用事は済んだのに、小川さんの声と言葉を噛み締める。
少し様子を伺うようにしていた小川さんは、

『この前、ハート型の葉っぱを見つけたんです』

と、別の話を始めた。
もう切られるかもしれないと思っていたから、驚いて目を開ける。

「ハート型ですか?」

『カツラだったかな? 見つけたのは緑色だったんですけど、紅葉すると赤くなるのもあるみたいですよ』

赤いハート型の葉っぱ。
小川さんと一緒に見られたら、どんなに素敵だろう。

「私も見てみたいです!」

『じゃあ探して、タオルと一緒にポストに入れておきますね』

「…………はい」