「こんな時にも配達ですか?」

「そういう仕事ですから」

カシャン、カシャン、とリズミカルに配達して、

「はい、これはミナツさんに」

と、美容院から送られてきたDMを渡された。
『トリートメント全品30%OFF!!』というハガキは、この大雨にも関わらずほとんど濡れていない。
一瞬見て、そのままごみ箱に入れてしまう程度のものなのだ。
それを、この天候の中……。

「こんな日くらい休んでもいいのに」

「そう言ってくれる人ばかりじゃないから」

「人の命の方が大切でしょ?」

「さすがに命の危険が高いときは休みますよ」

小川さんは滴る雨をタオルでごしごしと拭って、えくぼを作った。

「ここまでひどいと、いっそ快感!」

目を丸くする私に、笑顔をやさしく変化させた。

「身体冷えますから、ミナツさんは早く戻ってください。それから」

そこまで言って小川さんは口ごもる。
迷うような間を視線でうながすと、降る雨の方に顔を逸らしてぼそぼそと続けた。

「もし、何かあったら……停電とか、断水とか。何かあったら、教えてください」

「……………はい」

小川さんは居心地悪そうにヘルメットの位置を直す。

「さすがに今日は時間かかってるので、もう行きますね」

「気をつけてください。本当に」

急ぎ足でエントランスを出ようとして、小川さんがくるりと振り返る。

「もし俺に何かあったら、ミナツさんは泣いてくれる?」

笑っていないその表情からは何も読み取れなかった。

「当たり前じゃないですか! 縁起悪いこと言わないでください!」

「すみません。じゃあ、泣かせないように頑張ります」

エントランスから見送っていると、やはりいつもと同じように軽く手を上げて、再びざぶんと水溜まりをくぐり抜けて行く。
強い風は細かい雨粒を運んでいるらしく、屋根の下にいるはずの私でさえ、全身がしっとりと濡れていた。