実際、台風は日本海を北上し続け、東北地方に上陸することはなかった。
金曜日はなんとか降らずに終わったから、伊東さんも無事に帰れただろう。
けれど、上陸するかどうかは必ずしも重要なことではないらしい。
翌日の土曜日は激しい雨音と、ガタガタ鳴る窓枠の音で目が覚めた。
痛そうなほど打ち付ける雨と、折れるのではないかと心配になる木を見ながら、高校の地学の授業を思い出していた。
日本海を進むと台風は水蒸気を得て勢いを増すとか、台風の東側は雨風が強くなるとか。
里葎子さんの言うように、本当に停電くらいはなるかもしれないと不安になってくる。
ガソリンと携帯の充電はいっぱいにしたし、お湯も沸かしたし……あと、何だっけ?

見ていたところで状況は改善しないのに、窓から離れられないでいると、排水し切れずに溜まった大きな水たまりをさぶんと言わせて、郵便バイクが入ってきた。

「え! うそ!」

窓を伝う雨のせいで顔ははっきり見えないけれど、背格好と仕草だけでそれが小川さんだとわかった。
バスルームに寄って一番上にあるタオルを掴むと、ボロボロのミュールを引っ掛けてエントランスに降りる。

「小川さん!」

「あ、ミナツさん。こんにちは」

無言でタオルを押し付けると、汚れるからと一歩下がって拒否される。

「洗って返してくれればいいので」

腕を伸ばして無理矢理顔にあてたら、ようやくタオルの向こうで、ありがとうございますとくぐもった声がした。