「……申し訳ありません。お待たせしました」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

小川さんの反応は最初と変わらなかった。
こんなことにも慣れていて、見て見ぬふりが上手なのかもしれないし、そもそも私になんて興味ないのかもしれない。

落ち込む気持ちで引き出しからシャチハタを取り出し、現金書留の封筒を受け取った。
母が送ってきたものらしい。
先日いとこの出産祝いを立て替えたから、律儀に送ってきたのだろう。
送ったなら送ったって言ってよ。
現金書留なんてめったに受け取ることなくてびっくりしたし、何より小川さんにひどい格好を見せてしまった。

シューズラックの上で、母への恨みをシャチハタに込める。
けれど、押してもぎゅっと詰まって動かない。

「あれ?」

もう一度押してみても、やっぱり詰まって押せない。

「ごめんなさい! 今、別のハンコを取ってきます」

少し焦る私に、彼はのんびりした笑顔を向けた。

「サインでもいいですよ。でも、もしよかったら、ちょっと見せてもらってもいいですか?」

差し出された手にシャチハタを乗せると、小川さんは押したり指で探ったりしながら、カチャカチャと動かしている。

「あ、ここが引っ掛かってるだけですね。……ほら、動いた」

滑らかに動き出したシャチハタを、自分の手の甲に押し当てる。

「直りましたよ。ほら」

カシャン、カシャン、とシャチハタが動くたび、小川さんの手の甲に『中道』『中道』と私の名前が押されていく。

「あ、ありがとうございます」

シャチハタを受け取って、今度こそ受領印を押した。