里葎子さんの彩り豊かなお弁当は、女子にとってむき身のナイフと同等の殺傷能力があるに違いない。
コンビニのサンドイッチを噛みしめながら私は殺気を感じていた。
「里葎子さん、完璧過ぎます。お願いだから『掃除は苦手』って言ってください」
きちんと整理されたデスクの持ち主に無理難題を押し付ける。
私のデスクもそこそこ片付いているのだけど、処理を待つファイルや伝票が常にパラパラと残っていて、すっきりしたためしがない。
「いや……これは作ったけど、こっちは冷凍食品、こっちは昨日の残り物だから……」
「やったー!里葎子さん、大好き!」
冷凍食品を詰めるのすら面倒臭いと思ったことは、コーヒーと一緒に流し込んだ。
「ただの節約。旦那と私、ふたり分の弁当代って結構かさむから。ひとり分作るのは面倒だけど、ふたりならそうでもないしね」
「いやいや、愛ですって!愛!自分のためには頑張れなくても、好きな人のためなら頑張れるものですから」
「『好きな人』……。旦那って、もうそんな感じしないんだけど。そういえば美夏ちゃんはどうなの?」
「昨日『彼氏できましたー!』って送ればよかったですね。すぐわかる嘘だから」
乾いた笑いとともに吐き出しつつ、来年のエイプリルフールはそれにしようと心の中で決めた。
〈彼氏〉はハイスペックに高級すき焼き肉とかにして、ひとりぼっちですき焼きしてる写真を送りつけてやろう。
異動がないのは楽でいいけれど、つまりは新しい出会いもない。
昨年度なかった出会いが今年度あるとも思えない。
「観桜会に誰か呼ぼうか?」
観桜会や納涼祭といった仕事に関係しない飲み会には、家族や友人を誘ってもいいことになっている。
里葎子さんも同じ事業所で働く旦那さまとお子さん連れで参加するし、仕事で繋がりのある他社の人にも声をかけていた。
「いや……いいです、別に」
たまごサンドを取り出しながら答えた声は、里葎子さんの携帯のバイブ音で掻き消された。
何気なく携帯を見た里葎子さんは、しばらく首をかしげている。
「え?え?あれ?ああーー!」
青い顔で携帯を操作していた彼女が額に手を当ててうなだれた。
「どうしたんですか?」
問いかける声に対して、里葎子さんは箸を置いて本格的に頭を抱え直した。
「昨日美夏ちゃんからきたエイプリルフールのメッセージ、娘が勝手に他の人に転送してた」
「……は?」
「ごめん」