「たくさんお世話になったから、……お中元、です」

ラッピングもされておらず熨しも付いていない、明らかにたった今スーパーで買ってきたチョコレート。
驚いてそれを見ていた彼は、吹き出すように笑った。

「ありがとうございます。お中元もらったの、初めて」

彼の指がグリーンの小箱をしっかり掴み、するっと引き抜いた。
そのあとで気づく。

「あ、チョコレートだと、溶けちゃう」

雨とは言っても気温は高い。
ずっと外にいる彼が持ち歩いたら溶けてしまうかもしれない。
それから、ミント味は歯みがき粉の味がすると嫌う人も多いのだと聞いたこともあった。
「やっぱりいいです」と取り返そうとする私の手を、彼はすり抜けて届かない高い位置に持って行ってしまう。

「大丈夫。溶けないうちに食べますし、溶けてもまた冷やして食べますから、心配しないでください」

「すみません。考えが足りなくて」

「なんで? うれしいですよ」

雨の音がする。
雨の音しかしない。
何かもっと話したいのに、サアサアという雨音に言葉を奪われる。

「……すみませんが仕事に戻りますね」

しばらく待ってくれた彼は、一瞬時計に目を落として、申し訳なさそうにそう告げた。

「あ、はい。すみません。ありがとうございました」

一軒あたりどのくらい時間がかかるかわからないけれど、また余計な時間を使わせてしまった。

遠ざかっていく足音の響きに気持ちを残しつつ、部屋を突っ切ってベランダから外を覗くと、雨は本降りになって窓ガラスを濡らしていた。
伝う雨滴の向こうの彼は、それでも私に向かって手を上げて、雨の中を仕事に戻って行った。

「やだな。叶わなくてよかったのに」

会いたくなくて、配達時間を見計らって買い物に出たくせに、バイクを見た瞬間には走り出していた。

『あの人に会いたい』

叶ってしまった願い事は、予想通り認めたくない気持ちをしっかりつないでくれた。
バレンタインならともかく、お中元で気持ちは伝わらない。

一体どうしてくれるのだと、空に恨みを飛ばしても、ここぞとばかりに雲に吸収されて、星には届きそうもなかった。