思ったより、雨は強くなかった。
一瞬でずぶ濡れになるほどでもない。
だけど、家まで10分歩けばぐちゃぐちゃだろう。
救いは、バッグが合皮で雨に強いことと、大事な書類や本が入っていないこと。
家に帰るだけだから、すぐにシャワーも浴びれること。

「最後の最後にこれかー」

今日の締めにふさわしいとも言える不幸だった。
いろいろ重なって疲れてしまい、事実貧血でめまいもするから、少しだけ早退したのだけど、それすら裏目に出た形だった。
結果論だけど、いつものバスならこんな目に遭わなかった。
おじさんにはもちろん腹が立つけれど、今日一日の自分の不幸に腹が立つ。

こんな惨めな時間は早く終わらせたいのに、走る元気も出て来ない。
とぼとぼと進んだ横断歩道の先、歩道との境目には大きな水溜まりができていて、迂回しようと一度方向を変えかけたけれど、そのままバシャバシャと水溜まりの中を突っ切った。
靴は当然中までぐっしょり濡れた。

広い世の中で、こんなことはよくあること。
もっと不幸な人だってたくさんいるし、家に帰ってシャワーを浴びて、ご飯を食べて寝てしまえば、明日の朝には元気になれる。
「ちょっと里葎子さん!聞いてください!」って、ちょうどいい話題にできる。
わかっているのに、胸の中の涙は嵩を増すばかりで、目のすぐ際にまでそれは迫っていた。
鼻の奥がつーんと痛い。

大丈夫、大丈夫。
ホルモンバランスが崩れて情緒不安定なだけ。
家に着いたらちょっとだけ泣こう。
そうしたら少しは楽になるはずだから。
家まで我慢。
家まで我慢。
あと少し。

どすどすと降る雨に頭を押さえつけられるように、私は地面ばかりを見て歩いていた。