公園を出て少し歩くと、ローヒールのパンプスに桜の花びらが落ちてきた。
見上げると民家の庭に一本だけ桜の木がある。
日当たりが悪いのか、少し遅めの桜はちょうど見頃で、りんりんと鳴るように花が揺れていた。

「こっちに誘えばよかったな」

この桜を見たら、きっと彼はまた笑うだろう。
ああ、さっき見たわたあめも買えばよかった。
ひとりだと多いから諦めたけど、ふたりでなら食べられたのに。
残念残念と軽く弾むパンプスに、花びらがくっついていたことに家の玄関で気づいた。


翌朝20分早起きをして、私はいつもより遠回りでバス停に向かった。
体育館の排水溝には、ピンクのふわんふわんの花びらがたっぷりと積もっていて、まるで春を箱詰めしたようだった。
深く息を吸い込むと、朝の湿気と桜の香りが身体の中に満ちていく。
通勤の喧騒が届く中、しばらくぼんやりと春に包まれていた。
ずっとそうしていたかったけれどバスの時刻が迫っていたので、携帯で一枚だけ写真を撮って、名残惜しくも離れた。

その夜天気は崩れてしまい、桜はあっという間に姿を変えてしまった。
恐らく民家の桜も、体育館の排水溝も。
桜の季節の終わりは、どうしてもさみしい。
だけど春はまためぐってくる。
きっと、また。