「お花見ですか?」

ちょっと気詰まりな気がして問いかけたら、彼は一度携帯に視線を落としてから、ふっと笑った。

「そのつもりだったんですけど、もう終わってしまったみたいです」

「あらら、残念でしたね」

「いえ、夜桜は見られましたから」

彼が向ける視線の先には大きな広場があり、そのさらに向こうに桜並木が見える。
間近で見るとそれなりにきれいなのに、遠目だと若芽の緑が目立ってしまい、色合いは濁った印象になる。
しかも電球や『桜まつり』と書かれた灯籠に照らされた桜は、それだけでどことなく俗っぽい。
けれど私は、さっきより穏やかな気持ちでそのくすんだ桜を眺めていた。

「あんまりきれいじゃないですけどね」

なぜか心とは反対に不満を口にすると、彼はえくぼを深めて楽しそうに笑う。

「でも、夜桜なんて久しぶりだし、明日職場で『女の子と夜桜観た』って自慢できます」

「こんなので自慢できますか?」

「おいしいお茶までもらって最高です」

「じゃあ、ぜひお役に立ててください」

また一口飲んだミルクティーは、一層ぬるくなっていて、冷えた身体をあたためる力は持っていない。
それでも喉を通って胃に落ちて、指先にまで染みていくのがわかるようだった。

「市立体育館の駐車場に」

おもむろに、彼は話し出す。

「大きめの排水溝があるんです。正方形で格子の蓋がのってる」

「はい?」

「桜の花びらがいっぱいにたまってて、すごくきれいなんですよ。雨が降ったら大変だと思いますけど」

「あ、体育館なら、うちのすぐ近くです!」

笑顔で彼に伝えると、くつくつと含むように笑って、じゃあ、ぜひ。おすすめしますと笑ったまま言った。

一層大きく松が騒いで、一拍遅れて強い風が届く。
砂が入らないようにキャップを締め、その流れで彼に改めて頭を下げた。

「では、失礼します。本当にありがとうございました」

「こちらこそ、ごちそうさまでした」