頭が働かない。
人間は驚きすぎると一時停止してしまうのかもしれない。
衝撃的な事実を今はとても受け止められなかった。

どのくらいの時間が過ぎたのか分からない。
一瞬だったかもしれないし、数時間経っているかもしれない。

覚醒したとき色んな感情が波ように一気に押し寄せてきた。
俺は菜摘を助けることが出来なかった。
結局彼女は俺の手の届かない、遠い場所へと旅立ってしまった。

自分の無力さに絶望した。
自分の無力さに憤りを感じた。
自分の無力さに失望した。

俺は菜摘を見守っている気になっていた。
しかし実際は何も見てなんかいなかったんだ。
彼女が悩み、葛藤し、決死の覚悟で友達を救いに行ったこと。

彼女の気持ちを何一つ分かっていなかった。
俺は一体何を見て何を追い求めていたんだろうか。

答えの出ない責めるような自問自答を繰り返していた。

やらない後悔よりやって後悔したいって森が言っていたが、俺は何もやれていなかった。
俺だってやらない後悔なんかしたくなかったよ。

頭の中で無意味な言い訳を並べてみたり、そんな自分に更に自己嫌悪したり脳みそは一向に休んではくれない。

リリリリリリリ……

携帯のアラームが鳴った。
アラームの音が脳に一瞬の休息を与えてくれた。
力の入らない腕をゆるゆると動かし、やっとのことでアラームを止めた。
8月22日16:00にセットされていたアラーム。

『菜摘…』

俺は家を飛び出した。
走って走って走り続ける。
君と約束したあの場所へ。

来るはずもないと分かっているのに。
もしかしたらそんな期待をせずにはいられなかった。

夕焼けの森公園の池の前に息を切らせてたたずむ。

『はぁ…はぁ…』

中々整わない呼吸を無視してキョロキョロと辺りを見回す。
菜摘に該当しそうな女性の姿はそこには無かった。

俺は何をしているんだろう。
分かっていたはずなのに愚かにも期待してしまった。

フラフラと空いているベンチに崩れるように座った。
前にも菜摘と一緒に来たときに座ったベンチだ。
正確には一人で来たのだが、俺はちゃんと二人で来たって信じてる。

池がキラキラと真っ赤に染まっていた。
君との思い出に浸りながら池を見つめる。
なんだか池に吸い込まれそうだった。
ゆっくりと前進していく。

君に会う方法がやっと分かったよ。
遅くなってごめん。6年も待たせちゃったね。
もう少しだけ待ってて、すぐに会いに行くから。