幽霊にしろ、平行世界にしろ、結局どうしたらいいんだ。
俺の眠りを妨げ、怖い思いをさせている。
迷惑極まりないじゃないか。

二人は好き勝手言って盛り上がっていたが、今日は飲みにも付き合ってくれず泣く泣く一人で帰宅するはめになった。
と言いつつも午後は仕事そっちのけで森にモールス信号を教え込まれた。
会議室を使って熱心にみっちりと。

同僚たちには仕事に見えたようで俺たちの熱意を誉められてしまってさらにばつが悪い。

しかし館林と森はナツミに興味津々なようで、また出てきたらたくさん話をするように念を押されてしまった。
だったら泊まりにきてくれとお願いしたが蜘蛛の子散らすように帰っていった。
興味はあるが必要以上には首を突っ込みたくないといったところだろう。
薄情な連中だ。
人の不幸を面白がりやがって。

憂鬱な気持ちで玄関のドアを開く。
こんなことは初めてだった。
帰宅した瞬間から違和感が始まっていたのだ。

トン…トン…

『嘘だろ』

思わずつぶやくと汗が冷えて寒さを感じる。
気温は25度以上あるはずだというのにここだけ木枯らしでも吹いたかのように急激に温度が下がった気がした。

ふぅと大きく息を吐いてリビングに直行する。
鞄を開くとノートを2冊取り出した。
1冊はまっさらな新品で、もう1冊は森に無理矢理作らされたモールス信号を解読するためのノートだった。

まずは新品のノートに音をメモしていく。
森にスパルタで教えられたのでちゃんと聞き分けられるようになっていた。
短かったのですぐに解読出来た。

"おかえり"

ナツミはおかえりと言っているようだ。
この言葉にぎょっとしつつもいつまでもトントンされてはかなわないのでとりあえず返事を打つ。

"ただいま"

何回か繰り返し叩いたがこれはいつまで続ければいいんだろうか。
着替えたいし、諸々寛ぐ準備もしたい。
そうだ。

"伝わったら連打で止めて"

長文は大変なのでなるべく端的にしたが、意味は分かっただろうか。
数回繰り返した時トントントントントンと小刻みな音が聞こえてきて手を止める。
すると相手の音も止まった。
そして改めて音が聞こえてきた。

"分かりやすくていいね"

何回目かの繰り返しでようやく解読が終わりこちらも連打する。
ピタリと音が止む。
相手をコントロール出来ると多少は恐怖心も和らぐ。