「今日は、お忙しいなか公開収録に来てくださってありがとうございました。これは、この番組にとっても、わたし自身にとっても大きなチャレンジでした。観覧の皆さんをお呼びするのも、記者さんをお呼びするのも初めてだからです。そのうえ今日は、湖春さんも調理できませんし、急遽素人の彼女に手伝ってもらうことになってしまいました。これは、本当に今朝、ついさっき決まったことです。ほんの何ヶ月か前まで、包丁さえ握ったことのなかった彼女です。よくがんばってくれました」

 碧惟が小さく梓に拍手を送ると、始めはスタッフ、それから観客や記者まで拍手をしてくれた。

 それがやむのを待って、碧惟は口を開く。

「いつも番組をご覧になっている方ならおわかりでしょうが、わたしはいつもほとんど話しません。湖春さんに頼りきりです。わたしはこういう仕事をさせてもらっているのに話すのは苦手ですし、もっというと人前に出るのも、カメラを向けられるのも得意ではありません。カッコつけているから口数が少ないんだという批判があるのは知っていますが、正直に言うと緊張してしまってうまく話せないだけなんです。……いや、俺も見栄を張っちゃいけないな。カッコはつけてます。ごめんなさい」

 碧惟が頭を下げると、さざなみのように笑いが広がった。

 碧惟も笑う。梓を見ると、励ますようにうなずいてくれた。

「だから、今日は本当に緊張しました。今日発売のDVDと本も、それに合わせて今日から始めたSNSも同じです。始めるまで、かなり悩みました。わたしは母の助けを借りて始めたこの仕事の現状に甘んじていたからです。

 それを打破してくれたのが、彼女です。カッコつけて弱さを隠してきたけれど、彼女の前だと不器用でもうまくいかなくても、やってみようという気になってくる。新しいことにチャレンジしようという勇気が湧いてくる。

 そんな彼女だから、わたしは一緒にいたいと思いました。ずっと一緒にいたいと思いました。急な発表になってしまって、皆さんにはご迷惑をおかけしまってすみません。これが今のわたしの正直な気持ちです」

 偽りのない気持ちだった。それをこんなに多くの人々の前で吐露するのは初めてで、碧惟はあまりの厳粛さに言葉を切った。

 小さく、拍手が聞こえた。いつの間にかステージの袖にいた恭平と湖春、それに弥生だ。

 それに答えるように会場中が手をたたき始めた。万雷の拍手だった。

「ありがとうございます」

 深々と下げた頭を上げると、梓も万感の笑顔で拍手してくれていた。自然と浮かんでいた笑みが深くなる。

「ありがとう」

 マイクを外して梓に言うと、こちらもほっぺたが落ちそうなほど笑っていた。

 ぷっくりしたこの頬を怒りや悲しみではなく、笑いとおいしいもので落っこちそうなほど膨らませ続けたい。

 そう思う碧惟の頬も、これまでカメラには見せたことがないほどほころんでいた。