梓の両親に内緒で同居していることを心配してくれたが、翠だって一人息子が知らないうちに女性と住んでいることに、ショックを受けないはずがないのだ。

 碧惟との付き合いを続けていくためには、通らなければならない道だと、梓は覚悟を決めた。

 翠との面会は、碧惟の父が勤めている東京山吹ホテルで行われることになった。明治期からある、東京を代表するホテルだ。

「父さんが総料理長になったんだ。せっかくだから、そこで食事をしようってさ」

「総料理長!?」

 サラリと言った碧惟に、梓は驚いた。由緒あるホテルの総料理長だなんて、ものすごく緊張する。

 さらに、残りの二人、碧惟と翠は有名料理研究家だ。このメンバーで、梓はどう振る舞えばいいのか。

「お父さんのレストランで食事をするなんて、ご両親の仲が良いんですね」

「いや、そうでもないよ。二人とも仕事一筋だから」

 即座に否定した碧惟に、梓は何も言えなくなってしまう。

「父さんのホテルを使うのも、パフォーマンスみたいなもの。夫婦仲が良いって思われたいんだろう」

「……そういうものですか」

 注目を集める家族だけに、どう見られるのか気を遣うのだろう。

(有名人って、大変なんだな)

 両親がそういった関係性だから、碧惟の結婚願望がないのかもしれない。

 梓は、碧惟と交際するようになったというのに、仕事の企画について聞けていなかった。

 公私混同だと思われるのは嫌だし、結婚について前向きな感情を抱くようになったかと尋ねることで、梓と結婚したくなったかと訊いているように思われるのは、もっと困るからだ。

 じりじりと焦りながらも、口に出す覚悟ができずにいる。

 冷めた家族と過ごすことに不安を持ちながら、翠との面会の日を迎えた。