二人で夕食をとった後は、たいてい二人ともリビングでくつろぐ。

 今夜は碧惟が仕事をしていたので、梓は碧惟がこれまで出してきた本を眺めて過ごした。

 本の中で澄ましている碧惟は、プロの料理家の顔だ。

 梓はこっそり、テーブルにパソコンを広げている碧惟の横顔を眺める。難しい顔で悩んでいるのも、出海碧惟のイメージ通り。

「ん?」

 けれど、梓の視線に気づいてふわりとほほ笑む顔は、決して外では見せない。その緩やかな表情を見せられる度に、梓の胸はキュッと締まる。

「なんでもないです」

 緩む頬を押さえながら、梓はテレビに向かう。

 もうすぐ22時54分。碧惟が出演する『23時の美人メシ』の時間だ。

「なんだよ」

 テレビの前を陣取った梓の横に、碧惟が座った。

「もうお仕事はいいんですか?」

「そう。だから、俺の相手をして」

 碧惟は、長い腕で梓の肩を引き寄せる。

「でもわたし、テレビが見たいんです」

 この時間が近づくと、碧惟のスキンシップが増える。どうやら、碧惟は自分の出演する番組を見られたくないらしい。

「俺がいるのに?」

 そう言われると、困る。

 押し黙った梓の頭を撫で、今日も碧惟は梓の視界を隠そうとする。

「テレビの中の先生も見たい」

「実物の方が、いい男だろ?」

「……はい」

 たっぷり見つめられて、真っ赤になった梓はうなずく。碧惟は、満足そうに梓の前髪を攫った。

 と、碧惟の携帯電話が鳴った。

「母さんだ……もしもし?」

 碧惟が立ち上がり、通話をするために離れていく。

 梓は、これ幸いとチャンネルと碧惟の番組に合わせた。

『こんばんは。「出海碧惟 23時の美人メシ」アシスタントの湖春です。今週は、今が旬、新キャベツを使ったメニューをお送りしています。先生、今日のメニューは?』

『今夜は、キッシュを作ります。卵をたっぷり使い、チーズの風味を効かせたキッシュです』

(あれ? いつもより多くしゃべった?)

『それは楽しみです。ではさっそく、材料をご紹介します』

 ささやかな違和感は、湖春の淀みない進行にまぎれていった。

 会話の大部分を湖春に任せているのは、変わらない。

 そのため、以前は偉そうな人だなと思っていたが、今はその取り澄ました顔も、照れ隠しのポーカーフェイスだとわかる。緊張のせいかと思えば、かっこつけた碧惟がかわいく思えてしまう。

 10分の番組が終わる頃、碧惟が戻って来た。

「母さんが、もう一度おまえに会いたいと言ってるんだけど、どうする? 俺が適当に言っておくから、断ってもいいよ」

「いえ、わたしもお会いしたいです」

 翠とあのままになってしまうより、きちんと話す機会を設けた方がいいだろう。

「そうか。ありがとう」

 碧惟は再び電話をするために、去っていった。