「ちょっと、母さん! 梓とは真面目に付き合ってるから」

「本当なの、梓さん」

 険しい顔をした翠にたじろきながらも、梓はしっかりとうなずく。

「ご挨拶が遅れてすみません。わたし、碧惟先生とお付き合いさせていただいております。ええと……訳あって、お隣に住まわせていただいているんですけど……」

「梓さんのご両親は、ご存じなの?」

「……いえ」

「ほら、時間ないんじゃなかったの?」

 うなだれた梓を気にしながら、碧惟が翠を急かす。

「わかりました。今度ゆっくり聞かせてちょうだい」

 翠が急いでいたのは事実のようで、そそくさと靴を履くと、翠は出て行った。

 嵐が過ぎ去ったように、静寂が訪れる。

「……母さん、急に来て。梓に連絡する間もなくてさ。悪かった」

「ごめんね」

 恭平までが謝るから、梓は慌てて手を振った。

「いえ、わたしは大丈夫ですけど……やっぱり反対されたりするんでしょうか」

「やっぱり?」

「だって、碧惟先生は有名人だし、わたしは料理もできないし。それに、ご挨拶もなく一緒に住んでいたというのは、印象が悪いですよね……」

 どうしようと怯える梓の手を、碧惟がギュッと握る。

「心配するな。両親とも反対なんてしないさ。母親が心配するとしたら、梓のこと」

「わたし……?」

 首をかしげる梓に、恭平もうなずく。

「翠先生、全女性の味方みたいなところがあるからね」

「息子より、梓の肩を持つ人だよ」

「そうなんですか? あ、それと、翠先生のおっしゃっていた“過去”って?」

 忙しく話していた碧惟と恭平が、口をつぐむ。

「えーっと……じゃあ、俺も帰るね」

「俺も」

「……碧惟先生?」

 碧惟の家にいるというのに、どこに帰るというのか。

 梓がジトッと見遣ると、碧惟は苦笑した。冗談だったようだ。

 恭平が帰るのは本当だったようで、二人で見送ると、にぎやかだった部屋がようやく落ち着いた。

「本当にごめんな」

「全然。気にしないでください」

 碧惟がふっと笑って、梓の頭を撫でた。付き合うようになって、スキンシップは格段に増えた。

 それが気恥ずかしくて、うれしい。

 そっと手を離して部屋へ向かう碧惟の後ろを、梓は碧惟の感触を確かめるように自分の頭を撫でながら追った。