弥生たちが、どんな情熱をかけて仕事に取り組んでいるのかを知った。テレビには映らない、碧惟の内面を知った。実家におんぶにだっこでは気づかなかった生活の苦労を知った。

「自分の力を振り絞って、やれるだけやってみるんだって決めたら、生きるのが楽しくなりました。全部、先生のおかげです」

「梓……」

(あ。名前……)

 碧惟が初めて名前を呼んでくれた。

 「おい」や「おまえ」では認められていない、梓個人が浮かび上がるような気がした。

「そしたら、自然と碧惟先生のことが好きになっていました」

「あの男のことは……」

「最近は、思い出すこともなかったくらいです。自分の薄情さにびっくりしていました」

「それでいい」

 あんなに泣き暮らしていたのに、いつから自分は武のことを忘れてしまったのだろう。心をなくしてしまったように思えて少しばかりあった罪悪感は、碧惟の一言で吹き飛んでしまった。

「他の男のことなんか、考えなくていい。俺のことだけ見てろ」

 こういうとき、不遜だなと思う。

 テレビで見ていた頃、あまり好きではなかったのは、こうした強気が自然と伝わっていたからだろう。

(だけど……それだけじゃないって、知ってるから)

「もう、先生のことしか見てません」

 梓は素直にそう答えた。

 満足げな碧惟が、梓の頬を撫でる。

 梓は緊張して、目をそばめた。

 この家に来た頃より肌荒れも改善したし、体も多少引き締まったけれど、モデルのような碧惟とは比べ物にもならない。

 碧惟が頬をつまんだ。ぷにぷにと引き伸ばされてしまうほど、頬の肉付きはいいままだった。

「梓ががんばってきたこと、俺はずっと見てたよ」

「先生……」

「そんなおまえに励まされたし、健気で……」

 碧惟がよそを向いて、頬をひときわ強く引っ張った。

「痛っ」

「かわいいと思ってた。ごめんな」

 碧惟は手を離すと、頬に口づけた。

「先生っ!?」

「俺も梓が好きだ。これからよろしく」

 2人は、いつもくつろいでいるソファの上でキスをした。

 乾杯は、しばらくあとになった。