ひと言。たった、その一言が場の空気を凍らせる。

…どうして。どうして、そんな悲しいことを言うんですか?

季龍さんはそっぽを向いたまま、振り返ろうともしない。

病院を、いや…まるでお母さんから目を背けているように、視線を逸らしていた。

口の中が、いつの間にかカラカラになっていて。出てくるはずの言葉は音にならない。

…何を言えばいい?何を言えば正しい?

分からない。分からないよ…。

掴んだ季龍さんの腕が、力が抜けてずるずると離れていき、ぶつんと糸が切れたように力なく揺れる。

「お客さん?乗られないんですか?」

…今、今もし、私が乗らないと言ったら、季龍さんは私の手をつかんでくれない。

そんな考えが頭を過って、のろのろとタクシーに乗り込む。

すぐに閉じたドア。淡々と告げられる、行きに利用した駅の名前。

動き出したタクシーは徐々に速度を上げていく。

病院から離れるたび、季龍さんのお母さんから離れていくたび、手足が冷えていくような気がして、両手を強く握りこんだ。