口を覆われ、肩を引き寄せられる。

包まれたぬくもりにざわついた心が落ち着くのを感じた。

「落ち着け、琴音」

「…はい」

息を吐く。恐る恐る顔をあげると、動揺した顔の正裕様が見える。

…大丈夫。もう、彼は関係ない。

季龍さんの手を握る。口を覆っていた手が外れる。肩を支える手に、最後の迷いが消える。

「…失礼しました。陣之内正裕様」

一歩前に出る。季龍さんは背を押すように前に進ませてくれる。

「私は…。宮内琴葉ではありません」

「っ…こと」

「私は葉月琴音。…あなたとはなんの縁もありません」

この人ととの縁はいらない。

この人に縛られて生きるのは嫌だ。ここで終わらせばいい。

「…琴葉、何を」

「私は葉月琴音。あなたのことなんか、知らない」

「…」

正裕様は口を閉じると、目を閉じ、なにかに耐えるように下を向いていたけど、顔をあげたときなにか吹っ切れたようにも見えた。