眠る前に携帯が着信を告げた。ディスプレイには…
『時枝沙夜香』
声を聞きたくて、けれど敢えて会わずに来た人。
明日の食事会が済めばすぐに会える。そう思って、俺は携帯の電源を切った。
翌日の食事会。
一流ホテルのレストランを貸し切ってディナーになった。
「直樹さん。素敵な方で嬉しいわ。」
「光栄です。」
「あら、無口な方なの?いいわね。」
「…」
「…」
会話はすぐに途切れた。父は必死で話を繋ごうとする。しかし、俺はシャンパンを1口飲んだだけで席を立った。
もうこんな席、うんざりだ。
「どうなさったの?」
「失礼します。」
茉利が驚いていたのも気にせず、俺は店を飛び出した。
「直樹っ!車を出すから乗りなさい!あの人に追いつかれる前に!早く!」
後ろから店をでてきた母さんが声をかけた。
俺は急いで車に飛び乗る。母さんの味方だった運転手の人がアクセルを踏んだ途端、目の前に別の車が止まった。
父さんの味方をする者達だった。
「まずい。父さんが来る!」
「直樹逃げなさい!早く!」
しかし、俺が車を降りようと扉に手をかける以前に扉は開き、頭に鈍い痛みが走った。
「逃げようなんて考えるんじゃない。」
遠のいていく記憶の中で父さんの冷酷な声が聞こえた。
目が覚めた時、俺は自分の部屋にいた。しかし様子が違った。
鉄格子のはまった窓、鍵のかかった扉。
携帯電話も取られていた。
「軟禁か…」
頭に残る痛みが、全て本当のことだと訴えていた。
コンコン…
部屋がノックする音が聞こえた。
「どうぞ。どうせこちらからは開けられないですから。」
言い放って、俺は扉と反対側の本棚の方へ歩いて行く。
「お目覚めですか。奥様がお見えです。」
扉が閉まる音を聞いてから振り返った。
そこには顔に大きな痣をつけた母さんが立っていた。
「母さん!大丈夫なのか?」
「えぇ。ごめんなさい。あなたを助けてあげられなかった。」
涙を流しながら母さんは俺に近づいてきた。俺が本棚から取り出していた1冊のアルバムを手に取って、1枚の写真を俺に渡した。
「あなたは彼女と一緒になるべきよ。だから、もう少し辛抱して。必ずあなたを自由にさせてあげるわ。」
「ありがとう。母さんも無理はしないで。」
母さんは力なく笑って静かに部屋を出ていった。
部屋の明かりをつけて手に持った写真を眺める。俺の退院の日の写真。茶色い髪の俺の隣には、まだ小さかった沙夜香がいた。
「必ず戻りますから。」
写真を胸ポケットにしまって、俺はただ、いたずらに過ぎていく日を何日も過ごした。
『時枝沙夜香』
声を聞きたくて、けれど敢えて会わずに来た人。
明日の食事会が済めばすぐに会える。そう思って、俺は携帯の電源を切った。
翌日の食事会。
一流ホテルのレストランを貸し切ってディナーになった。
「直樹さん。素敵な方で嬉しいわ。」
「光栄です。」
「あら、無口な方なの?いいわね。」
「…」
「…」
会話はすぐに途切れた。父は必死で話を繋ごうとする。しかし、俺はシャンパンを1口飲んだだけで席を立った。
もうこんな席、うんざりだ。
「どうなさったの?」
「失礼します。」
茉利が驚いていたのも気にせず、俺は店を飛び出した。
「直樹っ!車を出すから乗りなさい!あの人に追いつかれる前に!早く!」
後ろから店をでてきた母さんが声をかけた。
俺は急いで車に飛び乗る。母さんの味方だった運転手の人がアクセルを踏んだ途端、目の前に別の車が止まった。
父さんの味方をする者達だった。
「まずい。父さんが来る!」
「直樹逃げなさい!早く!」
しかし、俺が車を降りようと扉に手をかける以前に扉は開き、頭に鈍い痛みが走った。
「逃げようなんて考えるんじゃない。」
遠のいていく記憶の中で父さんの冷酷な声が聞こえた。
目が覚めた時、俺は自分の部屋にいた。しかし様子が違った。
鉄格子のはまった窓、鍵のかかった扉。
携帯電話も取られていた。
「軟禁か…」
頭に残る痛みが、全て本当のことだと訴えていた。
コンコン…
部屋がノックする音が聞こえた。
「どうぞ。どうせこちらからは開けられないですから。」
言い放って、俺は扉と反対側の本棚の方へ歩いて行く。
「お目覚めですか。奥様がお見えです。」
扉が閉まる音を聞いてから振り返った。
そこには顔に大きな痣をつけた母さんが立っていた。
「母さん!大丈夫なのか?」
「えぇ。ごめんなさい。あなたを助けてあげられなかった。」
涙を流しながら母さんは俺に近づいてきた。俺が本棚から取り出していた1冊のアルバムを手に取って、1枚の写真を俺に渡した。
「あなたは彼女と一緒になるべきよ。だから、もう少し辛抱して。必ずあなたを自由にさせてあげるわ。」
「ありがとう。母さんも無理はしないで。」
母さんは力なく笑って静かに部屋を出ていった。
部屋の明かりをつけて手に持った写真を眺める。俺の退院の日の写真。茶色い髪の俺の隣には、まだ小さかった沙夜香がいた。
「必ず戻りますから。」
写真を胸ポケットにしまって、俺はただ、いたずらに過ぎていく日を何日も過ごした。