「直樹。」

母から小さな声で呼ばれて振り返る。

「あなたを連れ戻してしまってごめんなさいね。私は榊原家との婚姻なんてしなくてもいいと思っているわ。」

「母さん…」

「だけど、明日は行かなきゃならない。明日さえ上手くやればすぐに帰してあげるわ。」

母は泣きながら訴えた。

代々続く久我家の当主は久我香織(かおり)、つまり母だった。
だけど母の結婚相手だった父は婿養子として、久我の家を乗っ取った。

口に出して言わないが、直樹が執事として働くことを許したのも、そうすることで時枝家を取り込めると思ったからだろう。

全ては会社のため。その為なら、妻だって息子だって殺しかねない。
そんな人だった。