耳元でなる無機質な発信音はわずか3コールで出た。

『もしもし。』

低い声が聞こえてきて、俺は思わず叫んでしまいそうになる気持ちを抑えながら静かに尋ねた。

「もしもし俺だ。榊原家との婚約の話は本当か?」

『直樹か。あぁ本当だ。何か不都合があるのか?』

俺は何も言えなかった。

『久我家にとっても、榊原財閥にとっても有利な話だ。明後日に食事の用意をした。明日には帰ってこい。』

とうとう俺は叫んでしまった。

「父さんは、俺に婚約者がいることを知っているだろう!?」

電話の向こうで笑う声が聞こえた。

『時枝の娘との婚約は、幼い頃の出任せだ。それに、彼女はお前の事を思い出せないんだから。
直樹、タイムリミットだ。』

俺は悔しかった。
しかし、父との約束は絶対。小さい頃からの教えだった。

「…分かりました。」

俺は電話を切って、周りの荷物をまとめた。
2度とここには帰らない。いや、帰れない。

ーーーーーーそうわかっていたから。