第5話 大切なのはどちらか

僕は智樹の顔を思い出さぬよう苦労しながらの長いバス移動が終了し、桜紅葉が包む道をゆっくり歩いていた。
この道はいつも人がいない。
車も通らない。
ネッ友は田舎なんて何もなくて嫌だと言うが、そこには自然の豊かさと田舎ならではの四季の風が存在する。
この感覚はきっとネット友達には伝わらない。

田舎に行けば行くほどそれを強く感じられるのではないか。
それも良いなと思うが、やはり都会に憧れてしまう。

そんなことを考えていると例のネッ友からtwitteeでメッセージが飛んできた。

「今日の夜、ゲームしよ」

何となく声に出して読んでみる。

どうしようか。

小雪と話したいけどゲームもしたい。しかし、小雪に関しては話せないかもしれないし話してもこの前みたくすぐにログアウトしてしまうかもしれない。
対して常に暇なネッ友は何時からでも何時間でも遊べる。

非常に悩ましいところではあるが、ここで小雪を手放してしまうと他の男に取られてしまう可能性だってある。
今のうちに話そうと言っておけばskypaチャンヌーwで新しい男と出会うことはなくなるのだ。

しかし、ネッ友とのゲームも捨て難い。

僕はネッ友に返信をした。

メッセージを送ったところで丁度家に着く。
鍵を開けて扉を開けるとペットのミニチュアダックスが出迎えてくれた。

よしよしと頭を撫でると尻尾を振って喜んだ。僕に彼女ができたらこういうことをしてみたいと妄想するが、転校するか友達からの紹介からでないと女子と話せないことを思い出して溜め息を吐く。

すると今度は逆に、慰めのつもりなのだろう、頬を舐めてから今時珍しい長めの廊下を小股で歩いて居間に戻って行った。
それに続いて居間と隣接するリビングに向かう。

廊下から直接繋がる開き扉をゆっくり開けて適当なところにリュックを投げる。
お菓子を漁り今度は引き扉を開けて居間のテレビをつける。
畳に似合わぬソファーに腰を下ろしてお菓子を貪る。

数分が経ち、ネッ友からの通知が届いたのでメッセージを開いた。

もう始めるぞとのこと。

歩いてきた廊下を戻り、玄関手前で左を向くと部屋に続く階段が備えられている。

Pk4の電源を付けてヘッドホンを装着する。

「あーあー」

と適当に発声しておいて返事を待つ。

「はいはい」

とこれまた適当な返事がくる。

K4na(かな)と表示されているアイコンにカーソルを合わせてマルを押すと、ゲームに参加しますかと問われるので、はいに合わせて再度マルを押す。

「今日早くやめるかもって言ってたけど何時まで出来るの?」

かなは少々鼻が詰まったような中低音で話す。こんな名前でも男なのだ。

「だいたい8時半くらいかな」

僕はかなも小雪も両方とるという贅沢な選択をしたのだ。

8時半頃と言ったのは、彼女からの返信がまだないので仕方なく行ったそれっぽい推測からだ。

前回話した時もそのくらいの時間帯だった。僕の周りの人達は決まった時間に浮上し始めるので、大方の人間はそういうものだと勝手に思い込んでいる。

従って彼女にも、8時半から通話お願いしますとメッセージを飛ばしておいた。

「今は5時だから……お前がいつも6時に風呂に入って7時くらいに飯だから……」

「7時半に再開だとすると2時間ってところかな」

「全然出来ないじゃん!」

一般的に見てこれは全然出来ないじゃん!と言われるほど短い時間なのかは分からないが、帰ってから寝るまでゲームで遊ぶ僕らの間では全然出来ないということなのだ。

「俺もそんなに暇じゃないんだよ」

「何言ってんの、彼女もいないくせに」

「うっせーよ、前はいたのー」

「今の話をしてんだよ」

などという適当な話をしながら遊んでいるといつの間にか6時になっていた。

「はえーなー……時間が経つの」

とかなが言う。

「じゃあまた後で」

ヘッドホンを置いて椅子から腰を上げると疲労感が押し寄せた。
ゲームといえど本気でプレイヤーを殴りに掛かるのでそれなりの体力を使うのだ。

対人ゲームをやらない人にこんなことを言ってもまるで通じない。

テスト期間中のことだ。智樹に

「ゲームで疲れたから今日は一緒に勉強出来ない」

と言ったことがあるが、

「ゲームで疲れるわけないだろアホか」

と馬鹿にされてしまった。
今思えばアホかと言った智樹もアホかと思う。
テスト期間中にゲームやって勉強やらないなんて有り得ないだろ、と突っ込むのが正解だ。

とにかく僕らゲーマーにネッターを上乗せしているような人種は2時間を<たった>と捉えるのだ。

これが勉強時間なら<も>なんだけどね。

智樹との過去を思い出しているうちに、風呂もご飯も終えてしまっていた。

すぐさま2階へ駆け上がり、再びネッ友に適当な言葉を投げて適当な返事が返してもらうというやりとりを行った後、ゲームを開始する。

と、そこへ1通の通知が届いた。
skypaの通知だ。

小雪 : いいよー!

たった一言の返信で胸が踊る。
一度切りの繋がりではなかったということだけで喜びを感じてしまう。
今から楽しみで仕方がない。

「あと1時間、飛ばして行くぞ!」

その1時間は待つ1時間ではなく、迎えに行くのだと気持ちを切り替えて声を張った。

ゲームも好きなこと、小雪との会話も好きなこと。
好きなことが出来るまで黙って待つのは辛いが、好きなことをするまでの間を好きなことで過ごしているというのはとても幸せなことだと思った。

「お前がゲームやめなければもっと出来るんだけどな~」

俺のテンションを下げるような嫌味は無視して先程同様の対人ゲームで遊んだ。
一試合約20分の激闘を3試合行った結果、2勝1敗というそこそこの成績だった。

「今日は調子良かったな」

かなの一言でゲームを続けようかと心が揺らぐが、僕を呼ぶあの透き通った声がフラッシュバックして踏み止まった。

「じゃあまたな」

「明日は出来る?」

「わからないなー」

「まじかよ……お前、もしかして女か?」

図星である。が、ここでイエスと言うと他のフレンドに言われて面倒なことになる可能性が高いので何か言い訳をしようと思考を巡らせる。

「なーんてな!お前の声で女が落ちる訳ないわ!」

言い訳をする前に、こちらとしては都合の良い訳を勝手に作ってくれた。

「うっせーわ!リアルで会ったら謝る羽目になるぞ」

「はいはい、自称イケメン君。じゃあ俺も風呂と飯だからこれで落ちるわ」

自称じゃないし……。
それに風呂に入るなら丁度良いじゃないか。

僕はお疲れ様と言ってすぐにPk4の電源を消す。
それからトイレに行ってお腹の調子を整え、リビングからイヤホンを持ち出し、最後に声の調子を整える。

スマホを付けてskypaを起動した。
通話ボタンが表示されるのに近づくに連れて、胸の鼓動が速まるのを感じる。

フレンドから小雪の名前をタップするといよいよ通話ボタンが眼前に迫る。

ふう、と深呼吸をして受話器のマークを押した。

5分の遅刻と共に

00.01

彼女との2度目の時間が始まった。