「あら、失礼。」

コンビニのコーヒーマシンは毎朝酷使されていた。

咲良はスーツの肩が触れ合った女性にそう言われ、その声に一瞬でのぼせた。

高からず低からずハスキーすぎずな声だ。

先日エレベーターで乗り合わせ、かっこいいと一目惚れしてしまった他社のチーフだった。

この偶然を逃す咲良ではない。

「いや、こちらこそ。」

左の口角を意識して引き締め、視線を交わした。

「ブラックですか?」

軽く言って右の眉を上げ、再び目を合わせた。

「あなたは?」と聞かれ、咲良は舞い上がった。

秘かにだ。

コーヒーマシンからそれぞれのカップにドリップされる間も、咲良は話しかけるのを忘れない。

「胃に悪いですよ。」

「わかってはいるんだけどね。」

チーフの気さくな言い方に咲良は気を良くした。

「僕はクリーム派です」

とスーツのポケットからマイミルクを見せた。

手の平には植物性油脂ではない、生乳のポーションが2個ちょこんと乗っていた。

「へぇ、本物志向なの?」

「おひとつ、どうぞ。」

「いいの?ありがとう。」

二人はそれぞれのカップにミルクを流し入れた。

「オフィスは近いのかしら?」

「17階です。」

「あら、そうなの。私は23階よ。」

咲良は名刺を差し出しながら「近藤です。」とさりげなく言った。

「朝一に名刺交換なんて初めて。」

咲良はもらったチーフの名刺をスーツの胸ポケットにそっとしまった。

感激で胸がいっぱいだ。

連れだってコンビニからエレベーターへ移動した。

朝早い時間帯のため、二人以外はエスカレーターを利用する人がほとんどだった。

上昇するエレベーターの中で、咲良は心臓のドクドク音が響きそうになるのを必死にこらえた。

「初対面ですけど、今度ランチをご一緒できませんか?」

「ランチ?」

お互いに手元のコーヒーをすすった。

「お忙しいですか?」

咲良はあくまでも丁重さを心掛けて聞いた。

「当分はクソ忙しくてランチもミーティングでつぶれちゃうの。」

「それは身体に良くないですね。」

こんな控え目な言い方ができる自分を咲良は心の中で自負した。

「私もそう思うわ。あなたが連れ出してくれるなら、今日は残業までもつかも。」

「承知しました。お連れしますよ。」

やったぜ!

咲良は脳内でガッツポーズをした。

「じゃ、あとでショートメールをもらえるかしら?」

「わかりました。ありがとうございます。お先に失礼します。」

17階で降りた咲良はエレベーターのドアが閉まる間、コーヒーカップを掲げて彼女を見送った。

その場にへたり込みたい衝動をなんとか抑えオフィスへ向かった。