多田さんとステーキを食べに行く約束をした金曜日の終業時間となった。

仕事を絶対的に優先する立花樹里は、帰り支度をしつつスマホに着信が入ったため画面を見た。

「多田さんからだ。」

なんでも緊急な用件で今日の約束を延期してほしいと綴ってあった。

樹里は直ちに承諾するメールを返信した。

コートを着たまま再びチェアに腰かけた。

かなり残念な気持ちになったのは確かだ。

それはステーキを食べ損なった思いとは別のガッカリ感であった。

お互いに忙しい分多田さんと食事ができない喪失感を初めて味わった。

週末の休日なら一緒に食事ができるかもしれないと思い、ハッとした。

自分から週末は外出しないとキッパリ伝えていたので、この真逆な発想は一体どういうことなのか悶々とした夜を過ごす羽目になった。

ベッドで目を閉じても眠れず、考えることは多田さんが何時まで残業になったか、もう帰っただろうか、接待だろうか、そんなことばかりが頭をよぎった。

日付けが変わった真夜中にやっとウトウトしていた時着信音が鳴った。

樹里はパッチリと目が開きスマホを握りしめた。

「遅くにごめん。急な接待でこんな時間になってしまった。今日は本当に申し訳ない。別な日にまた食事しよう。おやすみ。多田。」

そのメールを読んで胸がキュッとなった。

なぜか切なくてこみ上げてきそうな想いで喉の奥が詰まった。

多田さんのすまない気持ちと、また食事しようと言ってくれた期待感と、おやすみというたった4文字の短い言葉に、樹里は涙がにじんでしまった。

多田さんに会いたかった。

それが今の自分の素直な気持ちだった。