「貴彦は元気か?」

「と思いますけど、竜一郎さんが今何を話したいのかはおおよそわかっていますよ。」

「君にはすべてお見通しというわけか。」

「そうです。私は竜一郎さんの一番の理解者ですもの。」

「君には頭が上がらんな。」

「私の意見は重要ではないでしょう。何事も本人次第ですよ。」

「それは私もわかっているつもりだ。過去は繰り返したくない。」

「それに社内の派閥や嫌がらせは日常茶飯事です。貴彦には耐えられるものではないと思います。」

「君の言う通りメリットが何もないな。単に私のわがままなだけだ。」

「但し、違う見方もあると思います。」

橋爪はおやっという顔で久子を見た。

そして彼女の次の言葉を静かに待った。

「昨日たまたま貴彦からメールがあって何やら悩んでいるようです。」

「悩み?仕事か?」

「いいえ、どうしたら振り向いてもらえるかと言ってきました。」

「どうしたらって?」

「好きな女性がいるのではないかしら。」

「う~ん、そうか。」

「どうしてそこで竜一郎さんがうなるんです?」

「いや、悪かった。」

「隠しても無駄ですよ、私には。」

「隠すつもりはない。話そうと思っていたことだ。」

「やっぱり。貴彦にどなたか紹介するつもりですね。」

「いや、まぁ実はそうだったんだ。」

「現実的に見てそれは難しいでしょう。」

「そうだな。無理かもしれん。」

「無理強いは控えた方が賢明です。」

「君の言う通りだ。私もそれはわかっている。」

「わかっていてどうされるつもりですか?」

「今はまだわからない。私としても貴彦の考えを尊重したい。それは約束する。」

「先代同様竜一郎さんもワンマンですものね。どうだか知れませんわね。」

橋爪は久子のマンションから葉山の自宅へタクシーで帰った。

後部席にゆったりと身を沈め、先程の久子の言葉を思い出した。

「貴彦を上手に導くことが結局は竜一郎さんにとっても良い方向に進むことになるのではないでしょうか。」