橋爪は若くして同窓の久子と結婚し子を授かったが、親族に猛反対され無理矢理離婚させられた。

後添えの妻は政略結婚だと公言し、子を設けない条件で先代から今の会社を引き継いだ。

ワンマン振りは遺伝でもあり、社はすこぶる良好であった。

ところが3年前その妻を病いで亡くし、自分自身の体調もすぐれない状態である。

前妻である久子は未だに親族から認知されず、こうしてたまに密会することが、橋爪にとってまた久子にとって最良の方法であることを、お互いに納得し合うしかなかった。

息子はすでに成人し社会人として独り立ちをしていたが、橋爪は息子を後継者にしたいと常々考えていた。

親族を筆頭に恐らく久子も反対するだろうことも覚悟していた。

だが橋爪は後継者選びごときで自分の過去のような苦い経験を、再び繰り返すことに意味がないことを、社長として社の存続を一番に考え抜いた結果だ。

誰に何を言われようとも息子多田貴彦を次期社長に任せたかった。

さらに秘書の立花樹里を貴彦の伴侶として迎えさせたかった。

橋爪は自分のこの勝手な思惑を一体誰が理解してくれるだろうかと考え、久子を説得できなければ他の誰をも納得させられないであろうことも確信していた。