「お帰りなさい。」

声を発した女性は橋爪の前妻久子であった。

「ただいま。」

花束を渡してお互いに目で笑い合った。

「良い匂いだね。」

「久しぶりに作ったので味は保証できませんよ。」

「大丈夫。君の手料理にはいつも満たされているからね。」

「あらあら、お上手言って他には何も出ませんよ。」

橋爪はリビングでコートとスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めながら窓に近寄った。

ガラス越しに見た都会の夜は明るく、せっかくの満月が台無しだと思うのであった。

広くもなく手狭でもないダイニングで二人はシチューとバケットで軽く夕食を済ませた。

「今日はどうされましたか?」と聞かれ、熱い緑茶を前にして橋爪は切り出した。

「実は昨年と同様にまた救急車で運ばれてしまった。」

久子は言葉もなく眉間にしわを寄せた。

「いや、心配はない。きちんと薬を飲んでいるからね。」

「でも今日いらしたからには何か大切な話がおありかと思いますけど。」

「君の考えを聞きたくてね。」