長いエスカレーターがようやく地上に着いた。

前後の人達はさらに上へと向かうエスカレーターに折り返し乗り、樹里と貴彦は一旦脇によけてあちこちにあるベンチの一つに座った。

「どう?」

「ゴロゴロして痛いです。」

樹里はバッグからドライアイ用の目薬を出して右目に1滴差した。

しばらくしてからティッシュで目頭をそっとぬぐおうとして貴彦に止められた。

「待って。こすったらダメだ。貸して。」

貴彦は樹里の手からティッシュをつかみ三角に折りたたんで、彼女のつぶった右目に慎重に当てた。

目頭からこぼれる涙と目薬をティッシュの角で吸い取った。

すると細かい砂のような黒い粒が付いた。

「見て。取れた。」

「本当ですか?良かった。」

心底安堵している樹里を見て貴彦は思った。

念願だったこのひとときだけでこの先一週間はいいネタになると、すぐそばに彼女がいることに改めて驚いた。

樹里は目にまだ少し違和感が残っていたが、大丈夫そうだと思い貴彦に頭を下げた。

「多田さん、ありがとうございます。支えてくれて。」

「いや、それより目を見せて。」

彼女は素直に顔を持ち上げて貴彦を見た。

「うん、少し赤いだけだ。」

「後でまた目薬をしておきます。」

「そうだね。良かった。」

「じゃ、私まいります。」

樹里は立ち上がりバッグを担いだ。

貴彦は彼女と話せたその喜びに浸っていて返事もできなかった。

「多田さん?」

「あ、うん。」

「後でメールします。」

「えっ?あ、うん。わかった。気をつけて。」

貴彦は樹里がエスカレーターに乗って再び上へ向かう姿をベンチに座ったままぼぉっと見送った。