「凪沙……!」

私の肩をつかむ彼の手に力が入った。

私は顔をしかめて、「触らないで」と冷ややかに告げた。

「離して。もう好きでもない男に触られたって気持ち悪いだけだから」

優海は呆然として、ゆっくりと手を下ろした。

それから、消え入りそうな声で「さくらがい」と囁いた。

引き絞られたように、ぎゅうっと胸が痛んだ。

「桜貝の、約束は……?」

今にも泣きそうな瞳がゆらゆら揺れながら私を見つめている。

吐きそうなくらい心臓が暴れていたけれど、動揺も痛みもぐっと飲み込んだ。

「なにそれ、知らない」

きっぱりと断ち切るように答えると、優海はじわりとうなだれた。

それから動かなくなる。

でも、もうこれ以上何も言うつもりはなさそうだと分かって、私は微笑みを浮かべた。

「じゃあね、さよなら」

そっけなく告げて、私は踵を返した。


そのとき、雨に紛れて頬に熱い水が伝っていることに気がついた。

危なかった、いつからだったのだろう。

今日が雨でよかった、と強く強く思った。

もしも雨が降っていなかったら、この頬に雨が伝っていなかったら、きっと私は私をごまかしきれなかっただろう。