逸らしたのは遊佐が先だった。じっと前を見つめて黙ったまま。
 あたしの中に、ぎりぎり首の皮一枚つながった安堵感が滲む。
 もし揺るぎない本気だったら、にべも無く言い切られてた。笑って、オマエとは結婚しないって。

 遊佐は反対の手でくしゃっと前髪を掻き上げ、それから短く息を吐く。

「オレの気も知らないで好き勝手言うな・・・」

 横顔に目を凝らそうとして。不意にぐっと引き寄せられたから、あたしは遊佐の胸元にすがるような格好になった。顔を上げたくても抱き込まれて、身動きさせてもらえない。
 あんたは自分を見られたくない時・・・いつもこうする。

「オレが平気で、仁兄に宮子と結婚してくれって言えたとでも思ってんの。・・・・・・オレにこれ以上どうしろって」

 堪えるような低い呻き。

「・・・親父に聴いたろ。オレの脚はいずれダメになる。そうなったら、何をどうやったってオレは宮子を守ってやれない。・・・二年前。宮子が無事で、脚の一本くらいどうだっていいってホントそれだけだった、・・・あん時は」

 淡々とした遊佐の声が頭上から降り続く。

「怖かったんだよずっと。もうオマエを守ってやれねーのに、次はどうすんだって。この脚利用して、外に出かけないようにして宮子を鳥籠に閉じ込めてさぁ。エゴにもホドがあんだろ。・・・オマエは他の男を知らないから勘違いしてンだよ。オレじゃなくたって、ちゃんとシアワセになれる。心配ねーから」
 
 あやすみたいに笑んだ気配。
 そして。

「・・・オマエを愛してる。死ぬまで宮子だけだから、・・・一生誓うから。オレを愛してるならワガママ言うな」

 優しい声だった。今まで聴いたことがないくらい。
 愛してるってこんな告白も。
 だから次の言葉も覚悟できた。キュッと目を閉じ、奥歯を噛みしめた。

「オレは結婚はしない。仁兄が必ずオマエと臼井の家を守ってくれる。それまでずっと傍にいて見届けてやるって、約束したろ・・・?」 

 あたしは何も答えなかった。
 遊佐も、あたしをずっと離さなかった。

 出口の見えないトンネルの中を、ただひたすら走り続けてるように。
 二人で停まることも終点を探すことも、・・・出来なくて。